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心が向くまま、“あるがまま”に。「歌の主人公を演じる」子役出身のシンガー

2022.09.09
南川ある
取材・文:岡本のぞみ(verb)
撮影:有泉伸一郎(SPUTNIK)
南川ある 1997年東京都生まれ。4歳で劇団に所属し、子役として活躍。お茶の水女子大学を卒業後はシンガーの道に。ワンマンライブを始めとする様々なライブを企画・出演するほか、ゴスペルやコーラスの現場でも活躍。2022年10月25日にメジャーデビューが予定されている。
芸能界は浮き沈みの激しい世界。まして子役は“イメージ”などの理由から、中高生になると必然的に仕事が少なくなる。芸能界に残るには相当な努力が必要で、時には運に左右されることもあるとか。4歳で子役デビューした南川あるさんは、2022年10月25日にシンガーとしてメジャーデビューを予定している。一度は一線を退き学生を謳歌した彼女が、シンガーとして人前に立つことを選んだ理由とは。子役からシンガーになるまでの道のりを聞いた。

“興味”で飛び込んだ芸能界

「親が申し込んだから」。幼い子どもが芸能界デビューするきっかけは、ほとんどがこのケースだろう。しかし、南川あるさんの場合は、自分の意思で芸能界の門を叩いた。

あるさん手

「初めてテレビに出たのは3歳の頃、NHKの『おかあさんといっしょ』でした。そこで自分の顔をアップで抜いてもらって、『こういう仕事がしたい』と思ったんです。家の近くに、有名子役を輩出している劇団若草があるのですが、そこに入りたいと母に言って、4歳で入団しました。デビュー作は映画『バトルロワイヤル2』です。基本はオーディションで役をもらいますが、現場にいて目を留めてもらうこともありました。子役時代は、映画、ドラマ、CM、舞台と幅広く出演させてもらいました」

あるさん子役時代
子役時代の南川さん。

しかし、子役はあくまでも子役。どんなに順調でも年齢の壁には必ずぶつかる。

「仕事のピークは小学4年生でした。出席日数が足りなくならないように、朝に学校へ行って出席の返事だけして、昼と夜は現場を掛け持ちすることもザラ。運動会でリレーだけ走って映画の撮影に行ったこともありました。でも、中学生になると途端に仕事がなくなりました。中学3年生の頃、同級生に『あるって、入学してきたときはもっと芸能人っていうオーラあったよね』って言われて、地味にガーンってなったことを今でも覚えています。」

しかし、その裏で南川さんは、芸能界で長く活躍するための布石を打っていた。

あるさん横顔

「小学校5年生から『東宝ミュージカルアカデミー』のジュニアクラスにも通い始めました。きっかけはアカデミーの一期生の卒業公演『レ・ミゼラブル』に出演させていただいたこと。物語の深い意味は分かりませんでしたが、『こんな世界があるんだ』と感動したのを覚えています。今まで習ってきた歌やダンス、お芝居に、表現力やエンターテイメント性を加えられるよう磨きました。当初は、女優さんになるためと思っていましたが、私が評価されたのは歌。『アニー』や『ライオンキング』で活躍するような仲間たちがいるなかでも、私の歌は認められるんだ、と初めて自覚しました」

歌うことが自分の武器になると気づいた南川さんは、高校でも合唱部に入部した。

あるさんの横顔とソファ

「高校に入ると仕事は年に1、2回になってくるので、この頃は学業に力を入れていました。『学生の本分は勉強をすること。あるは好きで芸能のお仕事をしているんだから、勉強ができないんだったらお仕事もしちゃだめだから』と、母から言われてきたこともあって、大学に進学することは決めていました。でも受験はしたくなかったので、推薦をもらえるように普段のテストや部活にも力を入れて、生徒会長もやりました。そのおかげで、国立の大学に推薦で入学することができたんです」

大学のアカペラサークルを経てシンガーの道へ

大学に入学してからも、シンガーやミュージカル女優になることを強く意識。大学ではブロードウェイの文化や歴史を学んだ。インカレサークルは、ゴスペラーズを輩出した歴史ある早稲田大学のアカペラサークル「Street Corner Symphony(SCS)」に参加した。

あるさんソファでだらっと

「アカペラは、個性を大事にしながら人とはハモれるところがいいなと思いました。SCS自体は活動も活発で、2000人の前で歌ったり、全国大会に出場したり、自分も力を入れていたんです。それから、19歳の頃にはNYに一人で滞在し、ダンスや歌のレッスンを受けに行きました」

お茶の水女子大学は就職に実績のある大学。3年生になると、学内の友人は就職活動に励むことになる。そのとき、南川さんはどんな思いで将来を思い描いていたのだろう?

あるさん椅子に座る

「正直、将来については何も決めていなくて、ただ就職はしたくないと漠然と思っていました。もうその頃は芸能人ではなく、ただの歌が好きな大学生。絶対シンガーになるとまで思えていませんでしたが、就職活動はしたくなかった……。同じ髪型で同じスーツを着なきゃいけないなんて、私には無理でした。大学卒業後は、親の知り合いの会社を手伝ったり、塾講師のアルバイトをしながら、何となくライブ活動をしていました。といっても、カバー曲を歌って満足しているだけの、今思うとシンガーと呼べるものではなかったです」

しかし、シンガーへの思いを強くする出来事がこの後、起きる。

「なんとなくライブ活動をしていた期間は1年くらい。後半はワンマンライブをやったりアプリ配信をやったりして収入もありました。『Be Choir』というゴスペルグループにも所属して、バックコーラスの仕事も始めたんです。そのなかで転機になったのが、日食なつこさんのツアーファイナルにて、国際フォーラムでバックコーラスをしたこと。彼女がステージで歌っている姿から目が離せませんでした。私もこんなふうに人を魅了できる歌を歌いたい、そう思いました。今でもステージやお客さんの顔が忘れられません」

この頃は、シンガーとして生きるために自分は何をすべきか模索していた時期でもあった。

あるさん考え事

「あるとき、アカペラの仲間がインフルエンサーになっていることに気づきました。SNSのフォロワーを増やして、発信力を持っていたんです。自分に足りないのは、自己プロデュース力。そこで、SNSに強い代表のいる『URUHAMO』というゴスペルグループにも参加。どうしたら自分の活動をうまく発信できるかを学びました。日々、こつこつ投稿したことで、フォロワーも増えていきました」

南川さんの努力はその後も続き、今はTwitterのフォロワー数 4万人、Instagramは1.1万人を超えている。

メジャーデビューが決定「自分は音楽で生きていく」

しかし、やる気を起こして順調にフォロワーが増えていった途端、新型コロナウィルスが蔓延する。音楽業界は大きな打撃を受けた。

あるさんソファで寝そべる

「自分のライブ活動も、番組やイベントに呼んでもらうことも難しくなりました。URUHAMOの仕事もなくなっていったとき、代表がアーティストのコンサルティングをしている会社でお世話になったのがきっかけで、私もコンサルティングを受けることにしました。そしたら、その会社の社長の紹介で、大学のアカペラサークルSCSの先輩である、所属事務所の社長を紹介してもらうことになりました」

所属事務所が決まった後、ことはとんとん拍子に進む。

「事務所との話し合いで、メジャーデビューしたいことを伝えました。幸い、事務所としてもシンガーを育てたい思いがあり、年内のメジャーデビューが決定しました。早速、そのときに始動していた、500人動員を目標にしたワンマンライブを、メジャーデビュー発表の場として進めていくことになりました。プレッシャーもすごかったけど、全てセルフプロデュースで行ったそのステージを今までの人生で1番大きな晴れ舞台にしたかったので、悔いのないようたくさん準備しました。それまでは、私に興味ないだろう、と友達をライブに呼ぶことを躊躇していましたが、“もう自分は音楽で生きていくんだから、デビューが決まる大事なライブだし、今回は応援してほしい“、そう思ってみんなにLINEしました。すると、アーティスト仲間も応援してくれて、配信などで告知してくれたり、たくさん手伝ってくれたんです。2日前まで200〜300人だったチケット数がどんどん増え、最終的に580人を集客できました。友達や仲間のファンが来てくれたのも嬉しかったですし、何者でもない自分を応援してくれたファンにも感謝しました」

あるさん白い衣装
あるさん笑顔で歌ってる

現在は、秋頃に予定されているデビューに向けて準備中だ。どんな思いでいるのだろうか?

「ひと昔前まではメジャーデビューでスターへの道が約束されていたかもしれません。でも、今はメジャーデビューで何か変わるわけではなく、一つの通過点。何をするにも自分の努力次第です。自分でチャンスをつかまなきゃいけないし、逆に数字が求められることになります。ゴールじゃなくて新しいスタート。環境に甘えずに努力し続けます」

あるさん笑顔で話す

あるの個性は、「あるがまま」でいること

本格的にシンガーとして生きる道を見出した南川さん。音楽あるいは表現者としての思いは、芸能界やこれまでの活動経験でさらに深くなっている。

「私にとって、“歌うことは当たり前”になりました。うまくいかなくて嫌だと思うことはあっても、やめようと思ったことはありません。お芝居をやっていたこともあり、歌に感情をのせて、主人公になったつもりで演じることで、表現しています。これまでの楽曲のうち、『Seize the Day』『何者』は、自分が主人公の歌です。“今を生きて、歌い続ける”ことが私のテーマ。そのとおりに生きていきたいですね」

あるさんと壁

歌の主人公になることで、歌詞に説得力が増す。そして、歌にはある“可能性”があると南川さんは続ける。

「歌には、“伝える力”があります。音楽は言葉にメロディがつくことで感情を揺り動かす力が強くなる。歌う側としても、表現の幅が広がるものだと思います。歌で元気になったり勇気づけられたりということがありますよね? 言葉だけでは伝え切れない感情をメロディが表現してくれたり、メロディじゃ伝え切れない細かい物語を言葉が表現してくれたり。自分の思いや雰囲気、さまざまなものを表現できるのが歌だと思います」

そんな南川さんが幼い頃から大切にしているのが「あるがままの自分」。「ある」という名前の由来になった言葉だ。

あるさん

「“ある”は、3歳の頃に亡くなった父がつけてくれた名前です。母は、赤ちゃんの頃から私に『自分を信じてあるがままに』と声をかけてくれました。それが私の軸にもなっていて、自分の個性は、あるがままなところだと思っています。人に流されず、自分の心が思う方向に進む。たとえ、まわりに流されたとしても、自分の思う道に戻ってくることが、大切なんじゃないかな」

自分の軸をしっかりもつことで、紆余曲折を経ても、自分の道である表現の世界に戻ってくることができた。だからこそ、自分の思うがままに、挑戦してほしいと話す。

「好きなことには絶対に挑戦してほしいと思います。人生は一回しかないし、失敗しても死ぬわけじゃありません。周りが何を言っても自分の人生は自分にしか決められないものです。だから、進みたい道が決まったら一生懸命やることも大切。やってるつもりはダメ。世の中には同じ夢の人はごまんといます。そこから一歩抜け出すには、誰にも負けない努力が必要。人生で一度は、死に物狂いで走ってみたらいいと思います」

あるさんTシャツ姿
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