人はなぜ「整形沼」にハマってしまうのか? 想像上の存在に追いつめられる自分に気づく大切さ 社会学者・谷本奈穂さんインタビュー
整形沼の第一歩?――なぜ人は変わりたいと思うのか
美容医療のきっかけは、「目をはっきり大きく見せたい」「肌のたるみを解消したい」などさまざまですが、変わりたいという願望が根底にあります。その背景には何があるのでしょうか?
「ここ30年の美容医療を振り返ると、90年代にレーザーや注射などの機器や技術が海外から入ってきて、メスを使う外科手術だけでない手段ができました。これが『ナチュラルに整形できる』『メスを入れるよりも気がラク』とされ、多くの人の関心を引きました。それが2000年に入って、『プチ整形』という言葉で浸透していき、メスを使わずに軽くできると宣伝されて、好意的に受け止められていきました」
メスを入れないという宣伝で一気にハードルが下がりました。ほかにも美容医療が身近になった理由はありますか?
「SNSの広まりも影響しています。論文に書いていますが、特に若い世代がSNSの美容情報にアクセスしやすくなっています。テレビや雑誌はどの世代に対しても同様の影響力を持っていますが、SNSをはじめとしたWebの情報源は、若い世代により大きな影響力を持ちます」
性別や世代によって、外見や美容医療に対する意識は異なっているということですか?
「はい。基本的に女性のほうが美容医療を希望する人も受ける人も多い傾向にあります。年齢でいうと、20年くらい前は若い人がやるものと思われていましたが、ここ数年は中高年層にも広がってきて、幅広い年齢層の人が美容医療を受けています。2011年から全世代で調査をしていますが、2024年の最新の調査結果でも、相変わらず女性のほうが希望者も実践者も多いです。ただし男性の希望する人や受ける人もすごく増えていて、伸び率はほぼ一緒です」
男性や中高年にも美容医療が広がりを見せているのはなぜですか?
「男性の場合は、女性にこれだけ広まったのでタブーではなくなって、こぎれいにしてもいいかなという風潮ができました。美容医療と同時にメンズメイクも若い世代を中心に広まっています。中高年に関しては、きれいになりたいだけではなく、『若く見られたい』というエイジングに関する意識が高まっていて、それに美容医療が寄与していることがわかっています。日本で若さがよいとされる意識は、戦前にはなかったもので、高度経済成長以降の産業化や大衆消費社会の産物だという研究があります」
女性のアンチエイジングの傾向は、高度経済成長によって若いほうが労働力として重宝されること、ファッションや美容産業の巨大化で次々に新しい欲望を刺激されたことが「女性ならば若く美しくありたい」と思うことにつながったということですね。
“害”だけではない、SNSと美容医療の優しい関係性
若い世代がSNSに影響を受けているのは、多くの人が感じていると思います。SNSで影響力を持つのはインフルエンサーと呼ばれる人です。一部の有名人ではありますが、芸能人や著名人と比べると身近な存在です。また、SNSでは友人達の投稿も目にします。そうした周囲の影響によって、SNSは他人と比較したり、画一的な美しさの価値観を強要する側面があります。
「SNSでかわいい女の子がたくさん出てきてうらやましい気持ちが高まって、不安を煽るという負の側面はたしかにあると思います。一方で物事にはさまざまな側面があります。自分の投稿で『いいね』をもらえれば自己承認に繋がり安心する面もあるわけです」
SNSのメリットはどんなところにありますか?
「美容医療をしている人としていない人の違いを統計的に分析したときに、美容医療をした人は、女性同士のコミュニケーションを多くとっている、具体的には女性のアドバイスをよく聞いている傾向がありました。個別にインタビューもしたところ、母や娘、姉妹、同性の友人のアドバイスで一緒に施術を受けたという事例がありました。これまでは、美容医療をする女性は、相手を出し抜こうとするある種の競争相手のような関係性でやっていると思われていましたが、そうではなく、お互いにいたわり合う優しい関係性のなかで美容医療を受けていました。そのコミュニケーションは、現在SNSにも広がっていると思います」
たしかにYouTubeやInstagramで美容情報を発信しているインフルエンサーは「こんなにきれいになりました」とマウント的に投稿している人よりも、「美容医療を受けてきて、こんな感じでした」と情報発信したり質問を受け付けたりして共感を得ている人のほうが多い印象です。
「Webについての調査もしたところ、基本的に好意的な反応が多いですね。『反感』と『好感』では好感を持った人が多く、『怖い』と『勇気づけられた』では勇気づけられたというほうが多いという結果が出ていました」
整形沼にハマった人が苦しめられている『想像上の自己』と『想像上の他者』
美しく変わりたいという変身願望が強くなってしまうと、整形沼という状態になる恐れがあります。そうした人たちはどういう状況におかれているのでしょうか?
「私が調査した範囲だけで説明はできません。つまり、変身願望は環境的な側面もありますが、その人自身の心理的な要因もあり、一概に片付けられません。ただキーワードとしてあげられるのが、『想像上の自己』と『想像上の他者』です」
どういうことですか?
「たとえば周りの人に『美容医療を受ける必要がない』と言われているにも関わらず、『人はそう言っているけれど実際には違う評価をしているはずだ』と思い込んでいるような状況です。自分の想像のなかの理想の自己像に近づきたい思いがあって、実際に他者に言われたことよりも想像上の自己像や、想像上の他者による評価が重要になって美容医療に踏み切るケースです。これはなにも病気ではなく、全ての人に当てはまります。美容医療に限らず、自分で決めたことを優先し、周囲の言葉が届かなくなることもあるのではないでしょうか」
何かをやりたいと思う願望に対して自分なりの主張を通したいあまり、周囲の意見に聞く耳を持たないことは思い当たります。それが過度になっているときには、自分に歯止めを効かせていかなくてはいけませんね。
自分も他者も複数存在することを認められれば、お互いに優しくなれる
美容医療を繰り返す人がいる一方で、ありのままが美しいという風潮も根強くあり、美容医療をネガティブに捉える傾向もあります。こうした両者の主張に対して、どのような思いがありますか?
「個人的には美容医療はやらなくてもいいと思っています。大前提として人を外見で差別することに反対です。でも『ありのままが美しい』という考え方が、『きれいにしてはいけない』と同義になるのにも反対です。「美しくなければならない」も「ありのままでならなければならない」もコインの裏表で同じです。ですから『〜でなければならない』という考え方はやめませんか、と思っています」
いろいろな美の捉え方があってもよいということでしょうか?
「こうなりたい自分というのがあって身体を変える人も、ありのままでいる人もどちらも良いと思います。自分と違う考えや認識を排斥するのがよくないと思っています。たとえば、化粧をしたらありのままではないですし、もっといえば、朝起きて顔を洗っただけでもありのままではないですよね。本来、自分を1つに規定する必要もないのです。写真を加工してもいいですし、仮想的な自分がいてVRとか人間のかたちをしていないようなものでもいいんです。その世界で自分のアイデンティティが成立していればOK。本当の自分というのが、そもそも幻想なのです。『あれも自分、これも自分』と自己の複数性を許容してあげて、さらに他者の複数性も認めてあげれば、お互いに優しい社会になると思っています」
その選択をする自分自身を愛せるかどうか
自分が思い描く理想の美しさに対して、周囲やSNSの影響もあれば、自分の思い入れもかなり作用することがわかりました。美容医療の手法も年々カジュアルになっています。内外のさまざまな要因を踏まえて、どう考えていったら幸せで納得のいく方法が見つかると思いますか?
「自分達のなりたいものに対して、複数の自分や複数の他者がいることを前提に、最後は自分で折り合いをつけるしかないと思います。そのときに周りの意見を聞くことも重要ですが、自分の意思も大事になると思います。例えば、知人や恋人が外見を変えるように求めてきたときに本当にその人の言うことに従って自分を変えてもいいのかというのを考えてみてください。『自分を変えたくない』と思うなら、変える必要はありません。自分の理想に近づくことを考えたほうが納得できますよね」
あくまで自分の軸に立ち返って考えていくことが大切なんですね?
「はい。他者の意見も重要ですが、最も大切なのは、自分で自分のことを愛せるかどうかです。自分を愛せないんだったら、どうしたら愛せるようになるかを考えてみてください。何をしても、何をしなくても、自分であることに変わりはありません」
――ありがとうございました!