Documentary
Documentary #Work #Sustainable

「自分が死んでも、キャンプが続く世界のために」

2022.07.21
小山 仁
取材・文:岡本のぞみ(verb)
撮影:有泉伸一郎(SPUTNIK)
小山 仁 1976年横浜市生まれ。中学時代のキャンプ経験の楽しさから、社会人になってからソロキャンプを始める。2018年に日本単独野営協会を設立。ソロキャンプの健全な普及を目指して、2万2000人の会員を率い、代表理事として活動している。

日本単独野営協会 公式サイト
空前のアウトドアブームにより、多くの人がキャンプを楽しむようになった。しかし、ブームの影でキャンプ場には、ゴミの不法投棄などの問題が起きている。そうした問題を解決し、ソロキャンプを普及させたいとの思いから、ソロキャンパーによる団体・日本単独野営協会を設立した小山仁さん。活動から4年、変わり始めたキャンプ場の様子や目指す活動の行く末について聞いた。

ソロキャンパーの原点は中学時代の公園キャンプ(野宿)

小山仁インタビュー01

普段、会社員として働く小山さんは、週末になると毎週のように自宅から2時間の野営地で、ソロキャンパーになる。原点を振り返ると、33年前の中学時代にさかのぼる。その場所は山や海ではなく、地元・横浜の住宅街にある公園だった。

「外で遊ぶのが大好きな中学生でした。ただ、遊ぶのが好きすぎたんでしょう。3駅先まで出かけたりすると、電車賃を持ってないから、帰るのが面倒くさくなる。それで、公園で寝泊まりしていたんです。はい、キャンプというより野宿です(笑)。別に家出や非行じゃありません。その証拠に親には毎回、死ぬほど怒られました。逆に帰る家があって、友達もたくさんいたから、そういうことができたんでしょうね」

実際、当時の小山少年は公園でのキャンプ生活を存分に楽しんでいた。

「何も道具を持たないでキャンプをするのは、案外スキルが身に付くんです。シュラフは新聞紙で、テントは段ボール。マットはなかなか手に入らないんですけど、発泡スチロールのトロ箱があれば最高。生臭いですけど、それに代えられないくらい冬は暖かく過ごせるんです(笑)。ガキの頃なんで、何も考えず遊びの延長でやっていました。でも、今考えると、外で寝泊まりする時間にも意味があった。自分のなかで物事を整理する時間になっていたんだと思います」

小山仁インタビュー02

そんな小山さんも会社員に。20年以上前は、働き方改革が実現される遥か昔。来る日も来る日もサービス残業をこなす日々だった。

「1日20時間労働は当たりまえ。半休が取れるのが1年に1回というような状態で、20代の頃は記憶がないくらい働いていました。そんな調子なので、同期がうつ病で会社を辞めたり、過労死したり……。私自身も真っ赤な血尿を出しながら働いていました。でも、子どもも小さかったので辞めるわけにいかない。幸か不幸か、体もメンタルも頑丈だったので、とにかく働き詰めでした」

しかし、社会人になって10年近く経つと、休みも取れるように。当初こそ休みの日に何をしていいかわからなかったというが、ふとあることを思いつく。

「妻が買い物に利用する50ccスクーターが目に止まりました。このスクーターでどこまで行けるんだろうと思って、国道246号を山のほうに向かって走りだしました。横浜から離れるとだんだんと住宅が少なくなって、田んぼと山だけの風景が広がってきます。『うわ、なんだここ!』と思ったところが、いま通っている野営地のある愛川町。その日は、学生時代を思い出して野宿してみたら、気持ちがすごくスッとしたんです。会社にいると、『あれをやらなきゃ、これをやらなきゃ』と考えますが、そんなことが取るに足らないことに思える。渦中にある自分がポンと外に出られた気がしました。そのとき、会社を辞めた仲間や亡くなった仲間に、こういう世界を伝えてあげたかったな、と思ったんです」

一人でのぼりを立ててスタートした「日本単独野営協会」

日本単独野営協会の旗

その後、小山さんは道具を揃えて本格的にソロキャンプを始め、神奈川県山間部にある河川敷の野営地に通うように。しかし、ソロキャンプを始めて数年、年を追うごとに河川敷が荒れていくのが気になっていったという。

「河川敷なので、夏になると草も背丈くらいに伸びてきます。テントが張れるところも少ないなかで、直火で焚き火をしたままゴミや食べ残しが焼け跡とともに残されている、ということが増えました。この状態が続くと、テントを張れなくなると思い、焚き火跡を片付けてゴミを持ち帰っていましたが、翌週来るとまた増えている。キリがないわけです。一方で、いまでもブラック企業で働く人の心を癒す手段として、ソロキャンプの良さを伝えたいという思いもありました。『一人の力ではどうにもならない』、そう思い、2018年に『日本単独野営協会』を設立しました」

日本単独野営協会のメンバー集合写真

日本単独野営協会の目的は、ソロキャンプの健全な普及。野営地の保全とソロキャンプの浸透の二つが掲げられた。当初は小山さんが一人で「日本単独野営協会」ののぼりを立て、愛川町の河川敷でソロキャンプをするところからスタートした。どのようにして組織を大きくしていったのだろう?

「裸一貫で始めた協会ですが、共通の知人を介して、現理事の港から活動に興味があると声をかけられました。初めて同じ場所でソロキャンプをして一晩話をしてみて、正直合わないと思ったんです(笑)。でも、意見が違うからこそ、多様性のある協会が運営できる。二人体制の理事で一緒にやることを決めました。会員は日本単独野営協会Facebookグループの機能を使い、登録されれば会員になります。入会金や年会費は無料。当初は10万人の会員を目標に走り始めました」

日本単独野営協会、環境保全活動の様子

主な活動は、ソロキャンプのためのスキルアップイベントの開催や野営地の清掃活動や草刈り、初心者のソロキャンプ見守り活動、FacebookグループやYouTubeでのキャンプ情報の発信など。ソロキャンプをする人同士が団結するとなると、難しいと思われそうだが、意外にも会員は当初の予定どおり順調に増えていったという。

「同じ思いのソロキャンパーは絶対にいるはずだと思っていました。キャンプ場の利用者は“キャンパー”と一括りにされますが、ソロキャンパーはバーベキューをやる人やグループキャンプをする人とは違うんです。環境に感謝する気持ちが強いので、ゴミを出したり、マナーを守れない人はほとんどいません。協会の目的に賛同し、活動に参加してくれる会員はなおさら。協会の活動は神奈川から広がって、いまや全国組織になり、大阪や兵庫、山口にはリーダーである支部長もいます。協会の仲間は同じ野営地に自然と集まることもあります。出会った仲間でソロコラボキャンプをすることも珍しくありません。最高の同志ですね」

コロナ禍で起きた二つの誤算

環境保全の呼びかけの旗
神奈川県愛川町河川敷の様子

しかし、2018年の発足から2年が経った頃、会員が2万人となったところで、その伸びがピタッと止まった。原因はコロナ禍だったと話す。

「最大の敵は自粛警察でした。2020年春の緊急事態宣言では、外出すること自体が悪とされ、ソロキャンパーでさえその標的にされました。活動を自粛した結果、会員の伸びもストップしてしまい、目標10万人の計画が狂ってしまいました」

とはいえ、悪い誤算ばかりではなかった。

「当初は5万人を超えたくらいから風向きが変わると読んでいましたが、会員が2万人の段階でそれを感じることができました。その理由のひとつは、会員の働きかけがそれぞれの周辺で効果的に浸透していったこと。日本単独野営協会の合言葉は『来たときよりも美しく』。例えば、会員が会社仲間とバーベキューをしたとき、正しくキャンプ場を使ってゴミを持ち帰るのを見た会社仲間に、会員の思いや行動が伝播して広がっていきました。二つめは、メディアの取材に応えたことでキャンプのルールが浸透していったこと。一例として、直火で焚き火をして放置することを『焚き逃げ』と呼んで警告してきたところ、テレビやネットで伝わり、やってはいけないこととして広まってきました。会員数が伸びなくても目指す方向に近づけたのはいい誤算でした」

さらに市民だけでなく、行政にも気持ちが伝わった。

小山仁インタビュー03

「日本単独野営協会の神奈川支部では、愛川町の河川敷を中心に草刈りやゴミ拾いなどの活動をしてきました。ゴミは、会員が車で持ち帰ったりしていたのですが、限界があるため、使用料を払って愛川町のゴミ処理プラントを使わせてほしいとお願いしました。しかし、町民でもなく、当初は悪いイメージがあったキャンパーからのお願いなので、拒否されました。ただ、地道に活動を続けるうち、近くの商店や議員さんに理解のある人が現われ、役所にかけあってくれたのです。その結果、愛川町の任意団体として登録され、ゴミ処理プラントの使用および使用料免除の許可が下りました。今では草刈り機を貸してくれたり、協力してくれることも増えました。活動を始めて4年、思いが届いたのはうれしかったですね」

注意はしない、いい時代の“風潮”をつくればいい

フェザースティックの制作の様子

小山さんは、ソロキャンプの健全な普及のためにさまざまな活動を行っているが、やらないと決めていることがある。それは、焚き逃げやゴミ捨てを注意すること。なぜなのだろうか?

「どちらが旅人の上着を脱がすことができるか、という童話『北風と太陽』みたいなものです。野営地でゴミ捨てを注意するのは、旅人に北風を強く吹くのと同じで、反発されるだけ。場合によっては、会員を危険な目に合わせることになるかもしれません。そうではなくて、我々がやろうとしているのは、太陽の光をさんさんと浴びせること。もくもくとゴミを拾い続けたり、焚き逃げを掃除することで、キャンプ場がきれいになって、それをできない風潮にすることです。かつて街や駅にはタバコの吸殻がたくさん落ちていましたが、今はもうないですよね。キャンプ場も、きれいに使うのが当たりまえの時代をつくっていきたいと思います」

キャンプ場にて料理をする小山仁さん01
キャンプ場にて料理をする小山仁さん02

ソロキャンプの普及のために、いま最も力を入れていることが女性ソロキャンパーの増加。しかし、女性がソロキャンプを始めるためには、さまざまなハードルがある。

「ソロキャンプで気ままに一人の時間を過ごして、自分を取り戻せたという女性は多くいます。とはいえ、ソロキャンプの女性比率はまだまだ少なく、肩身が狭いのが実情です。女性のソロキャンプには、教え魔というキャンパーの介入や知らないおじさんに話しかけられる怖さ、スキル不足によるケガのリスクなどがあげられます。こうした問題を解決するために、女性の場合、ソロキャンプの見守りをする『初心者支援制度』を何度でも利用できるように優遇しています。ただ根本的には、女性の問題は女性の利用者が増えることで解決できるもの。女性会員の比率を上げて、男女関係なく手軽にソロキャンプが楽しめるようにするのが目標です」

小山さんが一人で始めたソロキャンパーの結束は、キャンプをより良い方向に導いてきた。しかし、小山さんが考える最も壮大かつ他者と一線を画する計画は、まだまだこれから。

ソロキャンプの同士の集まり

「私の一番の計画は、この活動を“自分が生きている間に完結させない”ことです。つまり、明日死んでもこの活動が止まらないように設計しています。じゃんけんは時間がある限り、いつか勝つことができる。勝てないのは、期限をつけるからです。いつか絶対に全国の野営地はきれいになるし、女性のソロキャンプ比率も向上する。そのための仕掛けは全部してあるつもりです。私は環境活動家でもないし、大それたことはできません。でもキャンプという文化はなくしたくない。そこに人生をかけて取り組めるか。私は手をあげて活動しているだけです」

自分を救ってくれたソロキャンプに人生をかけ、死んだあとまで続くよう身を捧げる。生きた証はそうした活動をしてこそ、刻まれるのだろう。

小山仁さん焚火の様子01
小山仁さん焚火の様子02
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