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都市と生活者をつなぐ畑
食の未来を耕すアーバンファーミングの可能性

2021.11.29 取材・文:岡本のぞみ(verb) 撮影:有泉 伸一郎(SPUTNIK)
都市空間で野菜や米などの農作物を育てることを「アーバンファーミング」と呼ぶ。都市農業は、全農地に対しての割合もわずかのため、収穫量としてはさほど期待できない。しかし、“農”という観点では、地域や都市生活者に対してさまざまな価値を生み出している。その効果は、食の未来を考えていく上で果たす役割が大きい。ここ数年、日本でも都市農業を実践している団体が出てきている。2018年から東京の都心で畑を耕し、約700人もの登録者を有するのは、UFC(アーバンファーマーズクラブ)。代表理事の小倉崇さんに、活動がもたらした都市生活者の変化について話を聞いた。

アーバンファーミングの現在地

2015年から2020年の5年間で農業従事者は46万人減少し、152万人となった。主に自営農業に従事している人も136.3万人で、5年間で39.4万人減少。一方、市街地化された区域の農地は、全農地の2%程度ではあるが、都市農業の経営体数は全体の約1割を占め、農業産出額は7%となっている。農業従事者が減っていくなかでは、都市農業も一つのピースとして存在すべきだろう。

出典:農林水産省「農業センサス」「農業構造動態調査」より、1-ONE-編集部作成
出典:農林水産省「農業センサス」「農業構造動態調査」より、1-ONE-編集部作成

「食べ物って、昔は自分たちでつくっていたのに、いつの間にかアウトソーシングが当たり前になった。それが今の日本です。食べ物を選ぶにしたって、洋服は『誰それのデザインがいい』とこだわるのに、生きていくのに大事な食べ物は誰がつくっているかわからない。1980年には700万人近くの農家さんがいたけど、今は152万人ほど。平均年齢もどんどん70歳に近づいています。推移だけを見ると、農家さんを増やすよりも、一人ひとりが育てて食べる環境をつくればいい。自分がやれることをやった方が早い、というのがアーバンファーミングなんだと思います」

アーバンファーマーズクラブ 代表理事 小倉 崇さん
アーバンファーマーズクラブ 代表理事 小倉 崇さん

アーバンファーミングは、「農家になる!」「日本の食料自給率!」などと、主語を大きくして気負って始めるものではない。海外ではもっと自分ごととしてアグレッシブにアーバンファーミングが実践されているという。

都市と生活者をつなぐ畑 食の未来を耕すアーバンファーミングの可能性

「ヨーロッパもアメリカもアーバンファーミングが盛ん。アメリカのコロラド州なんて地域の四つ角に空き地があると『コミュニティファーム』と看板を立てて、勝手に植え始めちゃう(笑)。食や生活に対する意識が違うのかなと思います。ニューヨークにも『ブルックリン・グレインジ』というのがあって、スケールがすごい。バカでかいビルの屋上の6,000平方メートルの敷地に800トンの土を運んで農場にしている。畑もあるし蜂もいるし鶏も飼っているし、まるで公園。実際、結婚式が開かれるようなオープンスペースです。ブルックリンだから近くにレストランもあって、料理人はそこで採れた野菜を使っています」

そして、2018年から東京・渋谷でアーバンファーミングを実践しているのが、UFC(アーバンファーマーズクラブ)。恵比寿ガーデンプレイスや東急プラザ表参道原宿などの敷地や屋上を畑にして、野菜や米を育てている。

「UFCの目的は『あまねく都市生活者がちょっとした野菜を育てて食べるのを当たり前の社会にする』というものです。活動をスタートさせたきっかけは、僕が『渋谷の農家』としてライブハウスの屋上で畑をやっていたときに、女子高生からビジネスマン、研究者まで、いろんな人から見学したいと要望がきたことでした。『こんな都会に住んでいても、土を触ってみたい、作物を育ててみたい、というのは本能的なものなのだろう』と。土を触って汗を流すのは気持ちいいし、ビルの屋上でも野菜は育てられるということを体感してもらいたいと思いました」

都市と生活者をつなぐ畑 食の未来を耕すアーバンファーミングの可能性

アーバンファーマーズクラブが持つコンテンツ

UFCは、渋谷区内にある5つの畑がベースとなっている。大きなプランターを設置して野菜や米、オーガニックコットン、ハーブなどを育て、養蜂も実践。神奈川県相模原市にリトリートセンターとして古民家と里山の畑もある。それらがフィールドとなり、さまざまなコンテンツが機能を持ち、活動が行われている。

●渋谷の畑

渋谷の畑

原宿、渋谷、恵比寿の畑は、土地によってスタイルもさまざま。屋上などでは大きなプランター、商業施設の庭園や遊歩道が畑として上手に利用されている。土に触れ、作物を育て、一緒に食べる経験を通し、家庭菜園への興味を喚起。ツルを室外機に這わせて芋が育てられたり、水はけのいいプランターで稲が育てられたりと、工夫すれば都心でも農作物が栽培できることを体感できる。

●リトリートセンター(相模原)

神奈川県相模原市の古民家と里山の畑があり、土に触れ、畑で汗をかいたりした後、宿泊することもできる。登録メンバーはいつでも利用することが可能で、都市生活者のリラックスを目的としている。畑は1ヘクタールの広さがあり、野菜を栽培し、販売。一部をフードバンクに寄付している。

●子ども農園(おもはらの森)

子ども農園(おもはらの森)

東急プラザ表参道原宿6F「おもはらの森」には4基のプランターからなる「やさいの森」があり、連携した地域の保育園の園児に食育プログラムとして利用されている。このうち、1基は登録メンバーの子どもに向けて解放し、子どもの食育につながっている。

●地域企業との協業

畑の敷地を提供しているのは東急不動産やサッポロ不動産開発といった地域の企業。また、おもはらの森での食育プログラムは東急不動産と共に渋谷区に本店を置くキユーピーと伊藤園とのプロジェクト。活動には社員も参加しており、地域と企業の協業が実現できている。

●加工品などの販売

加工品などの販売

中目黒のオニバスコーヒーで出るコーヒー滓と、UFCの堆肥部が連携し、コーヒーソイルを販売。都市生活者の家庭菜園で利用できるようにされている。また畑では、ビール用ホップやワイン用ブドウが栽培され、数年後には加工品がつくられる予定。

●部活動

それぞれの関心を深められる部活動。田んぼ部、みそ部、コーヒー部、堆肥部、ハーブ部、梅干し部、ニンニク部の7つの部活動が動いている。自然と仲が深まるため、仲間と旅行に出かける例も。サードプレイスとしての役割ももつ。

コミュニティやサスティナビリティ、農作物を生産する以外の価値

UFCは、活動を続けるなかでコンテンツが増え、農作物を生産する以外の価値を生み出している。小倉さんやメンバー、関わってきた企業からさまざまな声が寄せられているという。

「僕自身、畑に行くと温泉みたいに気持ちいいというのが素直な感想です。心も体もぽかぽかして満たされている感覚になります。印象的だったのは、奥さんに連れてこられた旦那さんがいて、最初は『どうせうさんくさい団体だろう』という感じだったのですが、一緒に汗を流すと人が変わったようになり、『解脱(げだつ)しました』とさわやかな笑顔を向けてくれました(笑)。今日はエアコンの室外機にツルを這わせてバスケットに入った土で育った芋を収穫しましたが、『都会だって工夫すれば作物ができることを子どもに教えたかった』という親御さんもいました。自分で作物を育てた経験をもつと、スーパーに並ぶ野菜の見方が変わったというメンバーもいます。『今までは外国産とか安い高いという目でしか見ていなかったけど、奇跡を乗り越えてここに並んでいると思うと、みんな素晴らしいと思えた』と。意識が変わっていくんですよね」

コミュニティやサスティナビリティ、農作物を生産する以外の価値
コミュニティやサスティナビリティ、農作物を生産する以外の価値

都会で作物を育てることは、畑にさまざまな役割や機能が備わっていくことでもあると小倉さん。

「活動に参加したメンバー同士が仲良くなって旅行に出かけるなど、サードプレイスになっているみたいです。場所を借りたり、プロジェクトを共にすすめる東急不動産や伊藤園などのスタッフも参加してくれていますが、僕らがハブになって地域と企業が出合って、新しいものをつくり出していることになります。小さな畑がいろいろな人たちのコミュニティになっているわけです。室外機で芋を育てると、葉の蒸散効果で熱を下げる効果があり、年間で40万円の節電になっています。また、屋上に芋や米があるということは万一のときの避難所にもなるし、フードマイレージもない。来年から九州のローカルフードサイクリングという会社の堆肥を使うことが決まっています。そこは家庭の生ゴミを堆肥にして2030年までに家庭の生ゴミゼロを目指しているので、その活動に貢献していることになります」

新しい価値を生み出している渋谷の畑。小倉さんにとって畑やUFCとはどのようなものなのだろうか?

「UFCは農業生産法人というより、社会団体だと思っています。街全体を遊び場にさせてもらっている。いうなれば、畑はメディア。『前回、楽しかったからまた来ました』というライブな反応が分かる場所です。だから、みんなで野菜や米を育てているのは社会的なアート。僕がリーダーというより、みんながやりたいようにやってくれると、グルーブがあっておもしろい。僕の役目はみんなのモチベーションを上げることなのかもしれません」

都市生活者と小規模生産者をつなげ、食の未来を耕す

次々に新しいコンテンツを増やし、さまざまな問いかけで都市生活者に新しい価値を届けるUFC。こうした活動を通して目指す社会とは?

都市生活者と小規模生産者をつなげ、食の未来を耕す

「最終的に都会のベランダに菜園を持っているのが当たり前の世の中になってくれたらと思っています。コーヒーソイルを販売しているのも、都心にはホームセンターが少ないから。いろいろやっているように見えるかもしれませんが、最終的にはそこ。ちょっとした時間を使って自分で野菜を育ててくれたらスーパーの野菜よりもおいしいに決まっている。実感が大きければ隣の奥さんに伝えたくなるだろうし、そういう循環ができればうれしいですね」

その先には、新しい発想で農業や食を変えていきたい思いがある。

「僕らはアーバンファーミングで関係人口を増やそうと思っています。実家から送られてくる野菜がありがたいのは、知り合いがつくっているからです。プロの農家が知り合いだったら、そこから買いたくなりますよね。キュウリは自分のところでいいけど、お米はおいしい農家さんのを買おうとなる。僕は小規模農家と都市生活者はコミュニティになると思っています。これからは、渋谷でやってきたことをパッケージ化して、札幌や仙台、京都や博多などの地方の都市でもつなげることを考えています。そうすると、新しい流通ができる。いうなれば裏のJAです。今まで生産者と消費者が分けられていましたが、それをつなぐ役割ができると、自分たちが主体的に食を選択することになる。アーバンファーミングは、都市生活者の食生活の未来を耕しているのだと思います」

アーバンファーミングは、これまで農や食を無関心にアウトソーシングしてきた都市生活者の意識を変えるもの。気軽に参加してみることは、自分たちの食生活を変えるものになりそうだ。

取材協力

特定非営利活動法人アーバンファーマーズクラブ
代表理事 小倉 崇
特定非営利活動法人アーバンファーマーズクラブ
代表理事 小倉 崇
1968年、東京都生まれ、千葉県育ち。大学卒業後、出版社に入社。31歳で独立し、フリー編集者に。2014年ウィークエンドファーマーズを経て、2018年UFC(アーバンファーマーズクラブ)を設立。渋谷の畑を中心にアーバンファーミングを実践している。
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