LGBTQ+をきっかけに組織は変わる
現代の日本企業に求められる“LGBTQ+フレンドリー”とは
LGBTQ+に対する取り組みを行うことで、企業にはどのような変化が生じるのだろうか。また、組織的にLGBTQ+と向き合うことによって、社会に与える影響はどのようなことが考えられるか。企業向けにLGBTQ+の採用や制度設計に関する研修、コンサルティングを行うNijiリクルーティングの代表・齋藤敦さんに聞いた。
LGBTQ+が特別なわけではなく、
全ての人に“マイノリティな部分”がある
LGBTQ+とは、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クイアやクエスチョニングの頭文字をとったもので、セクシュアルマイノリティを表す総称の一つ。その当事者が働きやすいように取り組みを進め、“LGBTQ+フレンドリー”を掲げる企業が以前より増えているように感じられる。
「日本社会でLGBTという言葉が用いられるようになったのが、2015年頃でしょうか。当社を立ち上げたのが2016年ですが、研修やコンサルティングの依頼は年々増加しています。特に2020年から2021年にかけては、パワハラ対策の義務化やLGBT平等法の制定を求める運動、東京オリンピック・パラリンピックがあり、関心を持たれた方が多かったようで、企業からの問い合わせも増えています」
そう話すのは、企業向けにLGBTQ+の採用や制度設計に関する研修を行うNijiリクルーティングの代表、齋藤敦さん。研修やコンサルティングを通じて、企業に伝えていることを教えてもらった。
「相手の立場によって、伝える内容は異なります。経営者や人事部など制度改正などの中心となる人が相手の場合は、取り組みを進める必要性について話しています。人を雇用する組織として、LGBTQ+だけでなく全ての人が働きやすい環境を提供することは、企業に求められる社会的責任だと考えています。一般社員の方向けの場では、“いろんな人がいる”という意識を持つことの大切さを伝えます。LGBTQ+だから特別なわけではなく、一人ひとりが異なり、“それぞれにマイノリティな部分がある”という考え方ができると、人との接し方が変わってくるんですよね」
LGBTQ+をきっかけに組織は変わる
Nijiリクルーティングで行っている研修やコンサルティングは、齋藤さん自身の経験がもとになっているという。
「以前、代表を務めていた会社で採用活動を行っていた時に、大学4年生のXジェンダー(男性にも女性にも属さないという性自認)の方が来たのです。時期は2月で、その学生は卒業間近だったのですが、セクシュアリティが理由で就職活動が困難だと話していました。その学生はすごく素敵な方で、戦力にもなってくれそうだったので、私は内定を出しました。セクシュアリティが原因で就職が難しくなってしまうのは、学生にとって不幸ですし、企業にとってもいい人材を逃がすことになりかねませんからね」
齋藤さん自身、LGBTQ+の当事者であることを公表している人物と触れ合うのは初めてだったそう。いざ当事者を受け入れるとなると、社内規定の見直しが必要になった。その一つが、服装の自由化。それまではスーツの着用が義務付けられていたが、TPOに合わせてスーツや私服を選べるよう改めた。
「Xジェンダーの方にとって男性的なスーツは窮屈に感じるだろうと考え、終日社内にいる日は私服でもいいという規定に変えました。これがきっかけで一つひとつの制度や規定を見直すようになり、変更した部分もありましたね。例えば、持病がある社員のために半休の制度があったのですが、より柔軟に働けるよう、1時間単位で有休を取得できるように改正しました。働きやすさを重視して動いていくことで、社員も『制度について会社に相談してもいいんだ』という意識を持てたのではないかと感じています」
企業に求められる
「制度」と「風土」のバランス
齋藤さんの会社では服装の自由化という改正が行われたが、LGBTQ+当事者の働きやすさにつながる取り組みとして、他にどのようなものが考えられるだろうか。
「大きく分けると、LGBなどの性的指向の方とTなどの性自認の方で、悩みの方向性が異なるといえます。LGBなどの性的指向の方だと、社内でのパートナーシップ制度を求める声が多い印象です。Tなどの性自認の方は、自認する性別で働ける職場であることが重要になると考えています」
社内でのパートナーシップ制度とは、同性パートナーとの関係を異性同士の婚姻関係と同様に扱うことを指す。社内制度上で同性パートナーが家族と認定されれば、結婚祝い金や休暇などの福利厚生の権利が認められる企業も存在する。
自認する性別で働ける環境としては、服装の自由化もその一つ。他には、通称名の使用の許可なども挙げられる。例えば、男性として生まれたものの心の性別は女性のトランスジェンダーの場合、戸籍上の「太郎」ではなく通称名の「花子」で働きたいと希望する可能性があるからだ。
「当事者の方によって希望する内容が異なるので、制度の形もさまざまですが、重要なのは制度だけでなく企業の“風土”も変容させていくことです。当事者の方々から、『制度があったとしても、その利用を認めたり当事者を受け入れたりする風土が整っていないと利用しにくい』という話をよく伺います」
実態は、男性の育児休業取得と似ているかもしれない。制度は整っていても、職場の同僚が制度を把握していなかったり批判的であったりすると使いにくい。また、LGBTQ+当事者にとって、制度の利用は職場でカミングアウトすることと同じ。受け入れてくれる環境でなければ、利用できないだろう。
「風土を醸成するには、地道な活動の積み重ねしかありません。何かのきっかけでガラッと変わることはないので、企業のトップや役員、管理職の方々が継続的にメッセージを発信していくことが大切だと思います。また、企業として“LGBTQ+フレンドリー”を掲げて対外的にアピールすることも、社内での浸透につながるでしょう。社内にいるであろう当事者も『この会社なら受け入れてくれそう』と感じて声を上げ、制度についての意見を聞かせてくれるかもしれません。社員の意識に任せるのではなく、企業が積極的に発信することが重要だといえます」
「LGBTQ+に特化したサービス」が
不要になる社会を目指して
Nijiリクルーティングでは、LGBTQ+フレンドリー企業と当事者をつなぐ就職・転職エージェントサービスも展開し、互いの希望がマッチする就職先を案内している。その事業を通じて当事者を採用した企業のなかには、社内で変化が起きているところもあるそう。
「セクシュアリティをオープンにしている当事者が1人、2人と増えていくと、職場の皆さんも徐々に慣れていくようで、『いろんな人がいるよね』という意識を当たり前に持てるようになっていっていることを感じます。そこから、LGBTQ+に限らず男性も女性も年齢や国籍が違う人もそれぞれに働きやすい職場とは何か? という発想を持ち、社員全員に目を向け始めている企業も出てきています。“ダイバーシティ&インクルージョン”がリアルになってきているのです」
LGBTQ+について考えることは、あらゆる人が働きやすい職場、生きやすい社会を実現していくきっかけになるかもしれない。
「今はLGBTQ+に関しては過渡期で、知識を広めたり当事者の声を届けたりといった活動は必要だと感じています。ただ、私たちのようなサービスが永続的に存在する社会は望ましくありません。さまざまな人のあり方が当たり前に受け入れられ、LGBTQ+に特化したサービスが不要になる社会こそ、目指すべき未来だと考えています。カミングアウトやアウティングという言葉がなくなり、『東京出身です』と同じ感覚で『トランスジェンダーです』と言える日が来てほしいと思います」
企業という大きな組織が動くことで、“一人ひとりの声が社会全体に届きやすくなる”といえそうだ。LGBTQ+フレンドリーは、これからの社会を生き抜く企業にとって、必要な要素となっていくことだろう。
取材協力
代表取締役社長 齋藤 敦