Documentary

人から否定されることにこそ可能性が詰まっている
VRアーティストが実践する“空気を読まない”生き方

2021.11.29
せきぐちあいみ
取材・文:有竹亮介(verb)
撮影:森カズシゲ
せきぐちあいみ 女優やアイドル、YouTuberとして活動した後、2016年にVRアートと出会う。その後、VRアーティストとしてSNSを中心に作品を発表、国内外でアート制作やライブペインティングのステージ公演を行っている。クリーク・アンド・リバー社所属。
VR(仮想現実)のセカイで3Dの絵を描くVRアート。2次元のイラストとは異なり、奥行きや高低差、物体の内側まで表現できる次世代のアートだが、そのフロントを走っているのがVRアーティストのせきぐちあいみさん。アイドルやYouTuberとして活動してきた彼女が、なぜVRアーティストの道を歩み始めたのか。そのルーツと、表現者としての矜持を聞いた。

点は線になり面を成す
やりたいことがあれば全部やればいい

「自分がつくり出したもので人に刺激や感動を与えることに、生きがいを感じるんです」

そう話し始めた、せきぐちさん。初めて自分の中にあるものを表現したのは、中学生の頃の演劇だったという。仲間と一緒に芝居し、観客が喜んでくれる。その経験が、彼女の価値観を形成していく。

点は線になり面を成す やりたいことがあれば全部やればいい

「入口は中学校の演劇でしたが、お芝居をより楽しく表現するためにダンスや音楽を学びました。社会に出て、舞台の世界は厳しいことを知り、一人でできる表現としてグラビアの仕事をしたり、いきなりテレビには出られないからまずはインターネットからということで、YouTubeを始めたり。その根底には『人に何かを与えたい』という思いがあったんです」

他者の感情を揺さぶれることであれば、どんな方法でも全力で試した。YouTubeを主戦場にしていた頃は、自分が面白いと思ったことやモノを動画にしていった。その過程で出合ったのが、VRアート。たまたま体験する機会があり、一発で魅了されたという。

「これは、絶対に見た人に刺さるアートだと思いました。だから、自分で機器を揃えて描き始めたんです。当初は、『このクオリティじゃ人前には出せないな』とか思ってましたね。でも、私の絵を見た友人が『こんな作品見たことないから、出してみなよ』と言ってくれたので、SNSに投稿したら思った以上に反響があったんです。その時に、自分一人で判断せず、ボツだと思うような作品でも発表していこうと決めました。誰にも見せずに2~3年こもって作品づくりに没頭するより、人に見てもらって評価される方が成長できますしね」

VRアーティストの活動には、かつて経験したことが活きてきた。芝居やダンスの経験が、観客の前でVRアートを描くパフォーマンスにつながり、YouTuberだったことで、VRの世界を動画にして伝えることもできた。あらゆることに真剣に取り組んできたからこそ、点と点がつながっていったのだ。

点は線になり面を成す やりたいことがあれば全部やればいい

「以前は『いろんなことをやるやつは大成しない』って言われていたんですが、VRアートを始めてから過去の経験の全てが役に立ってるんです。だから、一概に『いろんなことをやるのはダメ』とは言えないと思います。やりたいことが複数あるなら、全部やってみる。そうすることで、それ自体の良し悪しもみえますし、その人だけのカラーが生まれると思います」

外見はセルフプロデュースの一環
見てくれる人に対する“思いやり”

VRアートを始めた当初のトレードマークは、黒のボディスーツに青とグレーのウィッグ。“未来のキレイなお姉さん”をイメージし、自身でコーディネートした。この服装には、見た人をVRアートの世界に誘うという意味があったそう。

外見はセルフプロデュースの一環
見てくれる人に対する“思いやり”

「ちょっとでも人の興味を引けるなら、どんな要素でも足そうと思って、ビジュアルも未来的にカスタムしました。この格好なら、ステージに出た時点で『何かしてくれそう』ってワクワクしてもらえるかなって。見た目は人の印象を左右するから、ビジュアルに無頓着なのは違うと思うんです。特に私は視覚の芸術を手掛けているし、自分が表に立つと決めた以上、そこをほったらかすのは怠惰。『この人の作品が見たい』と思ってもらえる姿でいることは、大切だと思っています」

ビジュアルのセルフプロデュースは“戦略”というほど大それたことではなく、見てくれる人に対する“思いやり”。

「VRアートはデジタルなものだからこそ、その先に人がいて、その人にどういう刺激や感動を与えられるかを考えることが大事。その第一歩として私のビジュアルがあって、そこを整えることは、初めて見てくれた人に興味を持ってもらいやすくする“思いやり”みたいなものなんですよね。どんな仕事でも人との関わりで成り立つことに変わりはないから、気持ちの面が重要になると思っています」

人から否定されることにこそ
まだ見ぬ可能性が詰まっている

表現者として意識していることを聞くと、「これまでにない世界をつくり、見てくれた人の想像力を刺激すること」と教えてくれた。彼女の描くVRアートは、一見額縁に入った絵のようだが、額縁の中に入り込むと外から見えない世界が広がっていたり、動物の内側に心臓が隠されていたりと、3Dだからこそできる表現にあふれている。

人から否定されることにこそ
まだ見ぬ可能性が詰まっている

「今まで存在しなかったモノやセカイを見ると、『こんなことができるんだ!』って新たなアイデアやインスピレーションにつながるじゃないですか。私の作品がそのきっかけになれたらうれしいし、想像力って“人生を変える要素”だと思うんです。知らなかった世界を知ったり初めての体験をしたりすると、常識は覆っていくものなんだということがわかって、いままでと違う一歩を踏み出していいと思えるんです」

学生時代の彼女は小さな世界のルールに縛られ、視野が狭くなっていたという。たまたま同じクラスになった30~40人の世界が全てで、そのなかだけで相手と自分を比較していた。中学時代にはいじめられた時期がある。クラスという小規模の世界で否定されたことで、全世界に拒絶されたように感じた。

「身近な人と自分を比べてしまうこととか、周りの人の言葉や態度に流されてしまうことってあると思うんです。私は子どもの頃から絵を描くことが好きで、周りの大人は絵を褒めてくれたけど、『将来は絵描きさんになりたい』って言うと『絵は仕事にならないんだよ』って諭されたんです。いつもそう言われるから、毎回否定されるのはイヤだと思って、将来の話をしなくなりました。でも、今はその絵が仕事になってるんです」

15年前にブログを書き始めた時は「なんで人前で日記書いてるの?」と言われ、13年前にYouTubeに投稿し始めた時は「なんで自分の動画アップしてるの?」と言われた。しかし、今ではどちらも“あたりまえに”世の中に認められた行動になっている。

「これまでの経験から、始めたばかりの頃に否定されることには可能性があるって感じています。常識といわれるものにとらわれる必要はなくて、人の言うことは話半分に聞きながら、自分で世界を広げていくことが大事じゃないかなと思います」

そんな彼女が普段から意識しているのは、“空気を読まないこと”。

人から否定されることにこそ
まだ見ぬ可能性が詰まっている

「私たちって空気を読むことを良しとして育っているから、普通に過ごしていると空気を読んじゃうと思うんですよ。例えば、大人数で打ち合わせをしていて話がまとまりそうな時に、『もっと良いと思うアイデアがあるけど、今この場をひっくり返すとみんなに嫌な顔されるかもしれない……』って、多くの人は黙っちゃう。でも、そこで勇気を出して『こっちの案の方がいいです』って発信すると、ブラッシュアップにつながったり、前例がない新しいことができたりするんですよね。自分を貫いて新しい価値を生むためにも、空気を読まないようにしています」

興味がある場所に行き、興味があるモノに触れる
その行動が「才能」「技術」「未来」を連れてくる

「少しでも興味を持ったら、そのモノや事柄に直接触れてみる」。それが、これまでの人生で得た教訓。

「私は興味が湧いたらすぐにやってみようと思っていて、蒔絵や和太鼓に挑戦したり、いろんなことに触れてきました。芝居やダンス、YouTubeが今につなげてくれたように、興味のあることに触れると新たなきっかけやつながりが生まれると思うんです」

彼女は興味という感情に従い、日本庭園や神社に足繁く通っている。そこで得た感覚や美意識がVRアートにも生きているという。

「庭園は石や植物の配置によって、どの方向から見ても美しくつくり上げられていて、神社は木々が茂った参道から鳥居をくぐり、拝殿に近づくにつれて徐々に開けていく神々しい構造になっています。日本人は、空間づくりを大事にしてきたのだと感じますが、写真や絵ではその空間や奥行きは掴めないんですよね。だから、実際にその場所を訪ねてみる。VRアートも空間を描くものなので、インスピレーションにつなげたいんです」

彼女の描くVRアートは、一方向から見ただけでも美しく完成されているが、それは全体の一部に過ぎない。VRゴーグルをつけてアートの世界を動き回り、さまざまな角度から見るとまったく違う景色が広がる面白さがある。日本庭園や神社から得たヒントをもとに生まれているのだろう。

興味がある場所に行き、興味があるモノに触れる
その行動が「才能」「技術」「未来」を連れてくる

「やりたいことが見つからない人がいたら、興味があることを何でもやってみてほしいです。それで周りに否定されたら、『まだ受け入れてもらえるレベルじゃないんだな』って学びにすればいいし、失敗しても成長の糧になる。いずれ笑い話にできればいいんですから。まずは体験教室に行ってみるでもいいので、今日できることは今日やった方がいいと思います」

興味があること、将来につながりそうなことに挑戦し続けてきた彼女がもっとも大切にしているスキルは“行動力”。

「私はもともと何かの才能があったわけでも、突出した部分があったわけでもありません。だから、行動力は意識して持ちました。行動力って度胸みたいなものだから、持とうと思えば持てるんですよ。そして、行動を起こすと、センスや才能、技術が後からついてくることを知りました。特別な力がないからこそ、行動力だけは手放さないようにしようって決めてます。自分の可能性を、広げていくために」

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