Documentary
Documentary #Sustainable#Work

畑を“メディア”と言い
街全体を遊び場にする粋な編集者

2021.12.03
取材・文:岡本のぞみ(verb)
撮影:有泉伸一郎(SPUTNIK)
小倉 崇 編集者、アーバンファーマーズクラブ代表理事
1968年、東京都生まれ、千葉県育ち。大学卒業後、出版社に入社。31歳で独立し、フリー編集者に。2014年ウィークエンドファーマーズを経て、2018年アーバンファーマーズクラブを設立。渋谷の畑を中心にアーバンファーミングを実践している。
アーバンファーミングという言葉をご存知だろうか? 都市空間で農業を実践し、さまざまな機能や価値を創出する活動を指す。編集者の小倉崇さんは、そんなアーバンファーミング団体の代表を務めている。小倉さんにとって畑とは何かを聞くと、「メディアみたいなものですね」と笑顔で答えた。

編集者は、当事者じゃない

アーバンファーマーズクラブの代表理事を務める小倉崇さんの出発点は、編集者。大学卒業後、東京の出版社に新卒で入社した根っからの編集者だ。

「最初に配属されたのは、女性週刊誌の編集部でした。有名人がどうしたこうしたといういわゆるゴシップ誌と言われる雑誌を制作して、業界人として夜の街にも顔を出すような生活をしていました。その後、ビジュアル雑誌がやりたかったこともあって、ファッション誌の編集部に移りました。写真家の荒木経惟さんの写真集をつくったこともありましたね。31歳になった頃に出版社を退社して、フリーランスの編集者として独立した後は、機内誌や書籍、広告を手掛けています」

当時から農業に関心はあったのだろうか?

「一切、興味はありませんでした(笑)。僕は千葉の佐倉で育って、周りが田んぼだらけだったから、20代の頃は田舎的なものが大嫌い。それが嫌で東京に出てきて、昔から本が好きだったから編集者になりました。当時は、音楽とか写真とかカルチャーが好きで夜遊びに夢中。農業とは無縁でした。でも、30代になってそういうのを1周、2周すると飽きてくるわけです。僕ら編集者って、おもしろいものやかっこいい人達を取材して紹介するけど、当事者じゃない。小さくてもいいから、当事者として地に足をつけて何かやってみたいとは思っていました」

そんな思いをぼんやりと抱えていた頃、東日本大震災が起こる。

「ちょうど前月に子どもが生まれたばかりだったので、放射能が気になって震災の翌日に妻の実家のある関西に避難しました。関西は震災の影響がなく、ショッピングモールを訪れても都市の日常があるだけ。そんな平和ボケの状態で、僕だけ仕事で3日後に東京に戻ったら、スーパーにもドラッグストアにも生活必需品がない。このまま物流のトラックが止まったら東京は干上がる。飢え死にすると思いました。実は、3.11の前に家庭菜園をやってみようと思っていたことはあったんです。でも自分に言い訳をして踏み出さないまま。今度こそ、東京で作物を育ててみようと本気で思いました」

まず始めたのが、神奈川県相模原市を拠点に自然栽培で農業を実践する友人・油井敬史氏を訪ねることだった。

「最初は、家庭菜園で野菜を育てるにはどうしたらいいかを教わりにいくつもりでした。でも、当時の油井くんは相模原に移住してまだ2年目。すごくおいしいほうれん草をつくるのに、農業だけで飯が食えず、夜は道路工事のバイトをしていたんです。自然栽培だから収量も少ない。情熱をもってやっているのに農業だけで飯が食えないなんておかしい。そう思ったら編集者のスイッチが入って、『こいつを世に出さなきゃ』と思ったんです。それが東京の友人を相模原に連れて行ったり、渋谷で農業をしたりするきっかけになりました」

畑に行くと温泉みたいに気持ちがいい

編集者とは、企画をかたちにしていく仕事。編集者が農業をフィールドにすると、どんなふうに転がっていくのだろうか。

「最初は相模原の油井くんのファンを増やして野菜を買ってもらうのが目的でした。週末になると、東京の友人を相模原に連れて行って『種まき大会』とか『にんじん引っこ抜き大会』と称して手伝っていたんです。僕の友人なので、それまで夜遊びしていた連中です。現代アーティストの友達の言葉が印象的で『今まではキャンプ場に行って音楽かけてドンツクやってるのが楽しかったけど、今は早起きして畑で汗かいた後、好きな音楽をゆるくかけてビール飲むのが一番気持ちいいかも』と。それは僕自身も同じで、畑に行くと温泉みたいに気持ちがいい。心も体もぽかぽかして満たされている感覚です。そう思った人が多かったのか、畑にはたくさん友達が来てくれるようになりました」

この活動に名前をつけたのが『ウィークエンドファーマーズ』だ。相模原での農体験がS NSでシェアされ盛り上がると、評判を聞きつけた渋谷のライブハウスの運営者から声が掛かる。

「すごくおもしろいことしているから『渋谷でも何かやってみないか』、と言われました。最初はマルシェでも、という話だったんですが、屋上を見せてもらうと何もないフラットな空間が広がっていたんです。『ここで畑をやらせてもらえませんか』という話になって、それが2015年のこと。野菜を中心に作物を育てて、ときどきイベントを開きました。すると、2、300人もの人が訪れて渋谷のライブハウスがいっぱいになりました」

ウィークエンドファーマーズで「渋谷の農家」として活動をしていると、女子高生やビジネスマン、研究者などさまざまな人から見学に行きたいと要望があったという。

「本当にあらゆるタイプの人が見学を希望してくれて、せっかく勇気を出してくれたんだからと、全部受けることにして毎日のように同じことを説明しました。そういう現象を見ていると『こんな都会に住んでいると土を触ってみたい、作物を育ててみたいというのは本能的なものなのだろう』、と思うようになりました。今までは一人の農家のために活動してきたけど、今度は都市生活者のために還元していこう、と思ったんです。それが、UFC(アーバンファーマーズクラブ)の発足につながりました」

UFCは、2018年3月に発足。2月に開かれたローンチパーティには、150人が集まり、130人が登録。当初から好調なすべり出しを見せた。

「編集者×農業」の可能性

現在、UFCでは約700人の都市生活者が参加メンバーとして登録。恵比寿ガーデンプレイスや、東急プラザ表参道原宿などの敷地や屋上が畑として利用されている。渋谷のど真ん中を利用できているのは、小倉さんの編集者としての力が発揮されている。

「畑となる敷地や屋上を提供いただいているのは、サッポロ不動産や東急不動産など地域のデベロッパーです。例えば、東急不動産の例でいうと、全部自分で企画書を書いてプレゼンしました。東急プラザ表参道原宿の畑では、消費して終わりではなく出会った人たちがそだてる『育み』をコンセプトにしています。せっかくなら地域も巻き込もうと、渋谷区に本店を置くキユーピーや伊藤園にも声を掛けて、子どもたちとサラダを育てて食べようというプロジェクトをしています。それまで企業が地域と一体になってゼロからものをつくりあげる機会はなかったようで、さまざまなシナジーが生まれると喜ばれています」

「当事者として共につくり上げる」という行為は編集者や農業だけやっていても経験できなかったこと。やってみると、これまでにない感覚をもたらしたという。

「編集者のときは自分が一番かっこいいものをつくりたかった。『俺がやった写真の方がかっこいい』という感覚です。普段なら人のために頭を下げるなんて好きじゃないけど、友達の農家や渋谷の畑のためなら平気。編集者的に考えると、ヴィジョンを決めてそれにフィットしなかったらストレスなんだろうけど、むしろ今は自分が思っているよりも広がってくれる方がありがたいという感覚です。参加者の人たちも、人によって見方が全然違うのもおもしろいですね。畑もイベントも、うまくいくときもいかないときもあるけど、その全部を見ることができる経験は、編集者だけをやっていても得られません」

編集者の視点を通すと、当事者としての農業は新しい感覚をもたらすものなのだろう。では、小倉さんにとって「渋谷の畑」とは一体?

「UFCは農業生産法人というより、社会団体だと思っています。それに、僕にとっての畑は“メディア”みたいなもの。『前回、楽しかったからまた来ました』というライブな反応がわかる場所です。だから、みんなで野菜や米を育てているのは社会的なアート。街全体を遊び場にさせてもらっている感覚です」

興味の先に見つけた社会的な意義

編集者から渋谷の農家、そして今や東京のアーバンファーミングの第一人者。その行動力の源泉はどこにあるのだろう?

「単純に楽しいし、やりたいことなんでしょうね。周りから言われてやめるのは、本当はやりたくないんだと思います。小さい畑で野菜つくるのは楽しいし、活動について誰に何を言われても気にならない。そういうものに出合えるか出合えないか、だと思います。ついでに言うと、全然もうかっていない(笑)。僕の収入は9割編集者・1割農業だけど、作業時間は1割編集者・9割農業。それでもいいと思っています」

UFC設立から3年半が経過し、これまで多くの人が都市農業を体験してきた。その一方、都市で農業を実践する先に新たな価値をも生み出している。

「UFCの目的は『あまねく都市生活者がちょっとした野菜を育てて食べるのを当たり前の社会にする』というものです。渋谷の畑で採れたものをみんなで食べるのをきっかけにベランダの家庭菜園に興味をもってくれたらと思っています。でも、それだけではなく、実際に渋谷の畑で栽培や収穫に関わるだけでも、農作物をつくる大切さがわかります。例えば、『スーパーに並んでいる野菜だって全部、奇跡の連続なんだと思いました』という感想もあります。そのほかにも、子どもの食育やコミュニティづくり、フードマイレージ減少などさまざまな価値が包括されている。それを体感してもらえればと思っています」

アーバンファーミングが生まれた背景には、農業人口や食料自給率の低下といった基本的な農業問題の解決がある。UFCでも小倉さんならではの発想で新しい課題解決法が考えられている。

「僕らは畑の収量を増やして食料問題を解決する方向ではなく、関係人口を増やそうと思っています。プロの農家が知り合いだったら、そこから買いたくなりますよね。僕は小規模農家と都市生活者はコミュニティになると思っています。今まで生産者と消費者が分けられていましたが、それをつなぐ役割ができると、風通しのいい食生活になると思いませんか? 僕はこれからもアーバンファーミングで、都市の未来を耕していきます」

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