「自在に色を変えられるのは、無色透明な自分だから」
俳優だけではない、渋谷謙人の多面性
撮影:有泉伸一郎(SPUTNIK)
スタイリスト:本田 匠
ヘア&メイク:岩村 尚人
衣装:ジャケット、シャツ、パンツ(全て IHATOV)、その他スタイリスト私物
俳優とサッカー選手、純粋にどっちもやりたい
渋谷謙人、34歳。見た目は若手俳優のようだが、実は芸歴26年のベテラン。デビューは8歳の頃だった。
「子どもの頃から好奇心が人一倍強かったんだと思います。僕は中華料理屋の息子なんですが、幼稚園の頃から母がいろいろな習いごとをさせてくれて、水泳、パソコン、英語、ダンスと忙しかったんです。今の仕事も『テレビの向こうの世界はどうなっているの?』と興味を示したら、母が劇団ひまわりに入れてくれたんです。当時は子役ブームもあって、忙しくさせてもらいました」
実際、14歳の頃にはテレビドラマ「どっちがどっち!」で早くも主演を果たした。才能は演技の世界にとどまらず、サッカーでもJリーグ・東京ヴェルディのジュニアユースに所属していた。
「当時は、将来の夢を聞かれたらずっと『俳優とサッカー選手』と答えていました。現実がわかるまでは純粋にどっちもやっていきたいと思っていたんです。サッカーも本当に頑張っていたので。でも、ひとつの道にしか進めないとわかって、16歳でサッカーを引退して俳優の道に進みました。きっかけみたいなものはなくて、サッカー仲間から当時出演したCMのスポンサー名で呼ばれていたり、地元でも『中華料理屋の息子がテレビに出ている』と目立つ存在だったり。どこかで俳優のほうが自分のアイデンティティだと感じていたんでしょうね」
10代後半から20代にかけて、子役を経て大人の俳優としてさまざまな役柄に巡りあった。しかし、子役からのキャリアがあったからこそ、そのプライドが悪い方向に向かせたこともあったそう。
「20代になってくると、同じ事務所の同世代の俳優がテレビで売れていく姿を横目に見ている時期がありました。お芝居への向き合い方に悩み、正直やりたくないと思ったこともあります。今、振り返ってみると、そうやって悩んでいたことも無駄ではなかったのですが、そのときは目に見えるものがすべてだと思っていたので、キツかったですね」
20代は誰でも感情に動かされ、エネルギーがさまざまな方に向く時期。渋谷さんはこれを乗り越えて30代になった。
俳優以外の活動が自分にいい循環を生んだ
30代に入ると、時代の価値観がこれまでと変わってきたことに気づいたと渋谷さん。
「最近は仕事の現場でも、友人とご飯に行ったときでも、『俳優です』と自己紹介したあと、それ以外に何をやっているのかを問われている気がしていました。20代の頃は俳優以外のことを発信するのはあまり気が進まなかったんですが、30歳でなりたい自分というものが見えてきて、俳優としての自分とプライベートな自分の考え方がリンクしてきた。自分には大切な趣味がある。2つを切り離さず、そういう面も発信していいのかな、と感じました」
現在、渋谷さんは趣味で始めたさまざまな活動をアウトプットしている。自身が立ち上げたアトリエ「yurerugallery」では、WEB上で洋服の制作や販売、陶芸などの作品を展示。DMMオンラインサロン「#ソロ活男子」では、自身の趣味やライフスタイルを文書と写真で発信。それ以外にも音楽活動などを行なっている。俳優とそれ以外の活動はそれぞれで自分を刺激し合っているという。
「例えば洋服をつくるとき、いろんな都合があってどこかで折り合いをつけなきゃいけないときがあります。そんなときに『芝居ならこういう打開策がある』という考え方が、洋服も『ここは妥協して、ここは残そう』みたいな考えにハマることがあるんです。そして今度は、美術館を訪れたときに、体の内側からものすごくエネルギーが溢れ出す瞬間があって。そのインパクトは、どうしようと思っていた役柄の答えにつながることもあります。うまくセレンディピティ(予想外の偶然)が起きたときは興奮しますね。一方のインプットが別のアウトプットになって、表現者としていい循環が生まれているような気がします」
自分のたどってきた道すべてを肯定し、発信できている今が一番充実していると話す。
「自分が好きでやってきた趣味をアトリエやオンラインサロンという場で発信することで、自身のターニングポイントが生まれたような気がします。同時に今までやってきた俳優としての渋谷謙人の考え方も変わってきた。俳優として、アトリエの活動やオンラインサロンもやることで、健康的な状態で表現できていると思うんです」
つくり込んだものを手放して、セッションしてみる
改めて俳優という職業や演じることについて違う角度からのアプローチも加わった渋谷さん。新しい作品に向き合うとき、どんなふうに役作りをしているのだろうか?
「セオリーはありません。もちろん台本を覚えるルーティーンはありますけど、それ以外は毎回違うようにしたいと思っています。自分の経験だけで固めていくというより、柔軟でいたいですね。例えば弁護士の役なら、弁護士について書かれた本や映画をみて耳と口がなじむようにして、役に近づけていく。俳優は一人でやる仕事じゃなく団体芸なので、現場が始まったら、嗅覚を働かせて演じています」
かつては役柄や演技プランを固めて臨んでいたこともあるそうだが、さまざまな経験から現在は別の考え方でいるという。そこにたどりついた理由を教えてくれた。
「もちろん全力で準備はしますけど、いろんな経験をしていろんな世代を見てきたからこそ、現場で自分に求められているものを感じ取る嗅覚は培ってきました。自分のやりたいことをやるより、その場で柔軟に表現した方がまわりも喜んでくれたんですよね。“準備したものを一度手放すほうがいい空気が流れる”ということがわかってきました。自分にとって芝居はパワーゲームでもあるので、用意してきたエネルギーをそのまま相手に当てると、一方的になり噛み合わないことがあるんです。その時の感情や空気感を丁寧に表現することが大切で、準備したことは自分の中に染み込んでいるので、一度手放して思い切り楽しむようにしています」
こうして培った俳優としての渋谷謙人を生で観られる機会がある。2022年10月31日から東京グローブ座にて上演されている舞台「盗聴」に出演。渋谷さんに今回の挑戦について聞くと。
「今回はオリジナル作品で、コメディ重視なミステリーとなっています。いろいろなところに伏線が隠れているので、そういう意味では観る人にとって体験型の舞台になりそうです。なので、初日から千秋楽まで役者の芝居とお客様の反応がいい意味で変わっていくのかもしれません。また、自分の俳優人生にどうつながってどうスキルアップできるか楽しみながら日々挑戦していきたいです」
カメレオン俳優の素顔は、無色透明
さまざまな役柄を自在に演じる演技派俳優であり、アトリエやオンラインサロンの活動も活発で多面的な渋谷さん。彼自身は自分をどう分析しているのだろう?
「アトリエの『yurerugallery』は僕らしい言葉にしたくて“揺れる”という言葉を使いました。よく言われるのは、不思議、ミステリアス、変、ゆるいとかですかね(笑)。でも、僕自身はいつも嘘をつきたくないと思って生きていて、どんなときもフラットでいるつもりです。芝居って結局、性格が出ると思うんです。志とか意志とか生活とかも含めて。だからいい芝居をしたかったらいい人間になるのが一番だなと思っています」
実際にインタビューをして話してみると、とても素直でニュートラル。無色透明でいることがカメレオン俳優でいられる理由なのだろう。キャリアが充実し、好きなことでも広がりができている。そんな渋谷さんが今、目指すものは?
「今と変わらず、いろいろなことに挑戦したいと思いますし、主演や座長をやりたいです。咋年末、久しぶりに14歳の頃に主演したドラマを観たんです。そりゃ下手くそだし、芝居もわかってなかったけど、それがよかった。セリフを吐くことだけが精一杯で半分ドキュメンタリーのようでした。あの好奇心の強さと今の状況が似ていて、芝居が一番楽しいと思える今だから、主演をやってみたい。観ている人に喜んでもらえるものを届けられると思います」
恐れを知らない思春期の挑戦とは違い、経験を積んだ今だからこその挑戦。どんなカラフルな顔を見せてくれるのか、その彩り溢れるエネルギーを感じてみたい。