あなたはどうやって職業を選ぶ?
職業選択におけるジェンダーギャップを考える
短大では200人中、男性は8人
「あまりに少ない保育士志願者に驚きました」
埼玉県朝霞台。東武東上線とJR武蔵野線が交差する利便性の良い土地柄から、ファミリー向けのベッドタウンとして発達、必然的に幼稚園や保育園の数も多い。認可保育園の元気キッズ第二朝霞岡園もその一つだ。この施設の責任者を務めるのが、保育士の大河原悠哉さん。地元、埼玉県出身で現在33歳。保育士を志したきっかけは、高校時代の恩師のひと言だったという。
「料理が好きだったので調理師を目指そうか、それとも少子高齢化で安定している介護職にするのか、卒業を控えて進路に迷っていました。そこでお世話になっていた部活の顧問の先生に相談すると、『保育士はどう?』と勧められたんです。保育士は女性の職業だと当時は思っていたこともあり、まったく頭にありませんでした。部活でときどき、近所の小学生や中学生を指導することがあったのですが、そのときの僕の様子から、保育士に向いているのでは、と思ったそうなんです。そういえば子どもは好きだし、確かに楽しそうだなと、保育士を目指すことにしました」
しかし、保育士の免許を取得するため、短大に進むと男性の少なさに驚いたそう。
「進学してみて、こんなにも男性の志望者が少ないのかと、ビックリしました。200人ほどいた学生のなかで男性は8人。そこまで極端に少ないとは思っていませんでしたし、初めての環境に最初は戸惑いました。でも、みんな同じ目標をもっているので気が合うし、学生時代は楽しかったですね」
“育児は女性が担当するもの”という思い込みが
まだ社会に根強く残っている
では、どうして男性の保育士が少ないのだろう? 大河原さんは自身の体験を踏まえて、こう話す。
「 “育児は女性が担当するもの”という思い込みが、まだ社会に残っている気がします。うちの父親も育児に積極的に参加する方ではなく、母親任せ。僕にはそんな父親にはなってほしくないと思っていたのか、母親から料理や掃除など家事を手伝うよう育てられました。33歳の僕ですらそのような家庭環境ですから、昔からあるこの刷り込まれたイメージが、男性を保育士から遠ざけている一因だと思います。また女性にとって保育士は憧れの職業の一つと言われていますが、保育園や幼稚園で男性の保育士に出会う確率は極めて低い現状があるため、男の子が憧れる職業に育っていないのではないでしょうか」
また、大河原さんは待遇面の改善も課題にあげる。
「体力が必要とされる大変な職業ですが、他の職業と比べると給料が低いのが現状です。キャリア志向の男性が多いなかで、魅力的に映らないという問題もあります。僕も就職時に大学の先生から“男なら公務員になり、公立の保育園や幼稚園で保育士をしたほうが収入も安定するのでは”と、アドバイスされた経験があります。ただ、こうした『男性だから稼がなければいけない』といった考え方自体も、変えるべきなのかもしれませんね」
保育の現場でも男性と女性の保育士がいる
そんな環境を当たり前にしていきたい
元気キッズでは男性の保育士を積極的に採用しているというが、まだ少数派である現状は変わっていない。大河原さんの勤務する第二朝霞岡園でもスタッフは女性が中心。男性であるがゆえに起こったトラブルや不都合はないのだろうか?
「初めてお子さんを連れてきたお母さんから、ときどき“この子は男の人が苦手なんですよ”と、男性保育士の僕を見て、言われることがあります。さまざまな理由があるとは思いますが、実際、男性は普通に話しているつもりでも、威圧感を与えがちです。女性と比べて声が大きく、子どもから怖がられてしまう可能性があります。そのため、日頃から声量を抑えて話すことを意識しています。また、元気キッズでは赤ちゃんだったとしても、男性の保育士が女の子のおむつを交換することはありません。保護者の方から信頼していただけるよう、ジェンダーには日頃から配慮しています」
最後に今後の目標について聞いた。
「女性の保育士の方が、子どもたちは甘えやすいという面もあるかもしれません。ただ、子どもたちにも父親と母親がいるように、保育の現場でも普通に男性と女性の保育士がいる環境にしたいと思っています。だから、“男性”保育士という呼ばれ方がなくなるよう、男性にとっても女性にとっても、当たり前の仕事にしたいですね。保育士は子どもたちの成長を間近で感じられる素晴らしい職業です。入園したての頃はできなかったこと、苦手だったことが、自分たちが関わることで得意げにできるようになっていきます。人が一歩一歩成長していく姿を見守る、やりがいを多くの人に知ってもらうのが目標です」
寿司の名店での修行ではなく
女性でも入りやすい調理スクールを選択
続いて話を聞いたのは、大阪府福島にある「鮨 千陽」で寿司職人として活躍する松宮華子さん。飲食店が立ち並ぶ路地の一角にある同店は、ミシュランガイド京都・大阪版にも掲載されたことのある人気店で、飲食人大学卒業生が運営している店舗としても知られている。
飲食人大学は3ヵ月という超短期間で調理技術の基礎を教えることをコンセプトにした、実践型の調理スクールだ。「飯炊き3年、握り8年」といわれる一般的な寿司職人の修行期間から比べると、圧倒的な短期で寿司の基本が学べる。飲食業界が未経験だという参加者も多く、業界の人材不足の解消に貢献している。松宮さんは同大学の第6期卒業生だ。
「女性の私にとって、いわゆる寿司の名店に弟子入りして職人になるという道は、想像できませんでした。もし、テレビで取り上げられていた寿司学校のことを知らなければ、この世界に来ることはなかったと思います」
実際、彼女はスポーツトレーナーを養成する専門学校に進み、一度、接骨院に就職していた。人生の岐路に悩んでいたとき、たまたまテレビで寿司学校が特集されていたのだという。
これからの時代は
寿司職人に男性も女性も関係ない
「高校生のときにスポーツ中に怪我をして、治療院に通う機会がありました。そのとき、リハビリに関わる仕事も良いかと進路を決めました。でも、テレビの特集で寿司学校に通っている女性の姿を見て、私もここに行きたい!と直感的に思いました。小さい頃からお寿司が大好きだったのですが、男性中心の世界で女性が働けると思っていなかったので、人生に寿司職人という選択肢はありませんでした。でも調べると、大阪に飲食人大学があると分かり、迷わず通うことにしたんです」
飲食人大学の校長が語っていた「これからの時代は、女性だから寿司が握れないといった意見なんて関係ない!」という言葉も励みになったそう。
「現場に立っていると、世間にまだ女性が寿司を握ることへの偏見や抵抗感が残っていると感じることがあります。実際に初めてお店に来られた方が『女性の職人なんだ……』と口にされることもあります。また女性は生理で体温が上がり、その熱がネタに伝わるので向いていないのでは、といった意見も聞きます。でも、それは本当なのでしょうか? 体温は人それぞれ違いますし、気温が高いと塩分を欲するなど、味覚も体調や日によって変化します。あくまで個人差があり、男女の問題でくくれる話ではありません。ちなみに、女性だからというわけではありませんが、シャリを掴むときに使う、手元のお酢には氷を入れて、手が常に冷えるように心掛けています」
寿司職人の肩書きは
海外で働いてみたい人のキップになる
また、寿司職人は海外就職という、もうひとつ夢を実現するためのキップにもなったと語る。
「周りに海外勤務を経験したことのある人が多かったこともあり、楽しかったという話をよく耳にしていました。そのため、自分も働いてみたいという夢があったのですが、『鮨 千陽』で勤務するようになると、同僚に寿司の技術を手に、海外を目指したいという人が多くいました。その姿勢に刺激されて、私も行きたい気持ちが強くなっていきました。海外にもお寿司屋さんはたくさんありますが、アジア系の方が経営している店舗もあります。そのため日本人が勤務していると、味への信頼度が高くなるというメリットがあり、寿司職人の肩書きがあるとビザが取りやすいんです。お店で修行してから海外に行こうと思っても、時間がかかりすぎます。その点でも、短期で技術を取得できる飲食人大学は選択肢になると思います」
松宮さんも、「鮨 千陽」での勤務を経て、海外へ。シンガポールやオーストラリアなどでの勤務を経験し、帰国。再び、同店に戻ってきたところだという。こうした海外での経験は、寿司職人としての今後に活かせるはずだと話す。
「生食文化が発達していない国や地域では、限られた魚種しか手に入らないこともありました。また、海外ではビーガンやベジタリアンの方も多くお店にやってきます。そんな方々をどんなメニューでもてなせばいいのか? 日本でも、ビーガンやベジタリアンの方が増える可能性もあり、海外での経験が必ず生きるはずです。職人の世界に入ってくる若い人も減っていると聞きますし、“見て覚えろ”といった教育についていけない若者もいるはずです。もっと女性にとっても働きやすい業界になっていってほしいですね」
ジェンダーにかかわらず
学校と家庭で挑戦の機会をつくる
採用の現場で性別を理由とした差別が禁じられているとはいえ、募集要項から男女に関する記述を消しただけでは、職業におけるジェンダーギャップは解消されない。成長するなかで獲得してきた思想や考え方、職業に対するイメージが人生の選択に影響を与えるからだ。大学生の職業選択のジェンダー差に詳しい、立命館大学の小久保みどり教授はこう語る。
「男女平等の教育を受けてきた現在の大学生が、どのように職業を選ぶのかに関心をもちました。そこで、職業に関する自己効力感や職業への好み、性役割に関する態度が職業選択に関係しているのか、そして、その選択にジェンダー差が見られるのか、調査したことがあります。職業に対する自己効力感というのは、簡単に言えば、もし、自分がその職業に就いたとしたら、うまくやっていける自信があるかどうかということです」
調査では、起業家やパイロット、政治家など「男性が多いとされる職業」のほか、客室乗務員や看護士、秘書といった「女性が多いとされる職業」と、旅行関係や小学校の教諭など「中立的な職業」に分けて、アンケートを行ったという。
「女子学生は、子どもの頃に男性的なしつけをされるほど、男性が多い職業に対する現在の自己効力感が大きくなっていました。また、“女性も家庭に入らず仕事に就くべきだ”という女子学生ほど、『女性が多い職業』に就くことを考えなくなる傾向が見られました。ここからは推測になりますが、女性の場合、子どもの頃に数学や理科ができても男の子ほど褒められなかったりして成長することで、『男性が多い職業』に対して『私にはできない」という思い込みが植え付けられていく可能性があります。自分で決めつけ、自らの可能性を閉じてしまうわけです。女性たちが能力を伸ばしていけるよう、子どもの頃から、学校と家庭でジェンダーにかかわらず、褒めるべきは褒め、励まして、挑戦する機会を設けていくことが大切だと考えます」
取材協力
施設長 大河原 悠哉
松宮華子
学部長・教授 小久保 みどり