多様性社会における“セーフプレイス”
ダイバーシティ&インクルージョンを体現するLUSHの取り組み
2015年1月に「LGBT支援宣言」を発表し、LGBTQ+当事者のスタッフが働きやすいようにいち早く制度を整えてきたのが、ハンドメイドコスメを扱うLUSH(ラッシュ)。同社が積極的な活動を進める理由について、ラッシュジャパン合同会社で人事制度を担当する沼田啓子さんに聞いた。
誰もが自分らしく暮らせる社会のために、企業としてすぐに取り組めること
イギリスで創立し、世界各国でビジネスを展開しているLUSHでは、“地球上に住む人も動物もハッピーに、誰もが自分らしく暮らせる社会”を目指している。そのため、以前から差別や偏見のない職場環境だったというが、LGBTQ+に関する制度は2015年1月に整備された。そのきっかけは、2013年にさかのぼるという。
「2013年に、ロシアで同性愛宣伝禁止法が制定されました。未成年に対して同性愛をイメージさせる宣伝物を掲出してはいけないという法律で、その制定によってLGBTQ+当事者が無差別に暴行にあうという事件が起こったのです。イギリスのLUSHで働くゲイ男性のスタッフがその状況を知り、『ロシアの店舗で働くスタッフがそんな環境で暮らしていることを黙って見ていられない』と、声を上げたのが始まりです」
社会課題に対して声をあげることから“キャンペーンカンパニー”と呼ばれるLUSHでは、全世界の店舗でロシアの問題に対する抗議を目的としてキャンペーンを実施。日本の店舗でも2013年から数年間にわたって、キャンペーンが行われた。
「当時の日本は、まだLGBTQ+に対する理解が浸透していない状況でした。だからこそ、日本の皆さんにも世界の実情を知ってほしいという思いからキャンペーンを行っていましたが、そのなかで、いくつかの地方自治体ではLGBTQ+支援につながる事業を進めていることを知りました。私たちはそれらの自治体にエールを送るキャンペーンもスタートさせたのですが、その活動を通じて、日本には同性婚をはじめLGBTQ+をサポートする制度がほとんどないことを知ったのです」
国や自治体に新たな法律や規則を取り入れるのは時間がかかるが、企業としてできることならすぐに取り組めるだろう。そう考え、LGBTQ+を意識した制度の設計に動き出した。
「日本の就業規則を見直すと、『家族=同じ戸籍に入っている人』というかたちでフォーマット化されているんですよね。当社でもそのまま導入していましたが、誰もがためらうことなく福利厚生を活用できる内容にするべく、改正を行いました。具体的には、婚姻関係にないパートナーも家族と認める『パートナー登録制度』を設け、弔事休暇や介護休暇を取得できるように変更しました。また、病気やケガの治療の際に利用できる傷病休職の適用範囲を広げ、性別適合手術でも認められるようにしたり、履歴書の性別欄を廃止したりといったことを、2015年に一気に進めていきました」
LGBTQ+当事者でなくても、結婚を選択しない人もいる。もし、婚姻関係のないパートナーやパートナーの家族が病気になったときに、「家族ではないから介護休暇は取得できない」と言われたら休むに休めず、働きにくさを感じるだろう。
「2015年の改正以降、社内の制度がどんどん良くなっていることは確かです。制度を使ってもらうことが目的ではなく、制度を整えていくことで、当事者のスタッフに安心感や働きやすさを感じてほしいのです。そして、非当事者にとっても自分事としてとらえるきっかけになってくれることを望んでいます」
ダイバーシティ&インクルージョンは、終わりのないトピックス
積極的に取組みを進めているLUSHだが、誰にとっても働きやすい環境はすぐに形成できるものではないとのこと。
「私たちのブランドには、“人は失敗してもやり直すチャンスがある”という信念があります。その信念が社内で浸透しているためか、最初から完璧を求めるのではなく今できる最善のことを行いながら、一つひとつ変えていく、という取組み方が受け入れられているように感じます。スタッフ一人ひとりの声を大切にしながら、必要なことが見えてきたら解決するというかたちで取組みを進めています」
これまで行ってきた制度改正やキャンペーンに対して、社内から否定的な声が聞こえてきたことはないそう。
「私たちは『LGBTQ+だから』『女性だから』『障がい者だから』と、分けて考えないようにしています。また、一つの部署がリードするというかたちも取らずに、“みんながハッピーに働ける職場をみんなで考える”という気持ちでとらえているから、みんなが納得した上で進めることができ、一部から拒否されるということがないのかもしれません」
LUSHの目指す“誰もが自分らしく暮らせる社会”の“誰もが”には当事者だけではなく全ての人が含まれ、そこには商品を使用するユーザーも当てはまる。そのために変えていったことの一つに、商品名の変更がある。2020年末に全商品を見直し、11品の商品名を改めた。例えば「パパの足」は「素足のTブレイク」に、「乙女の戦士」は「コスメの戦士」に変わったのだ。
「2020年に黒人差別の撤廃を訴えるブラック・ライブズ・マターが社会的なムーブメントになり、私たちもそれをサポートするキャンペーンを立ち上げようと動きました。その際に、当社のイギリスの経営層が白人中心で構成されている状況を目の当たりにすることになり、『本当に全ての人を受け入れることが体現できているのか』と私たち自身が考える機会となったのです。そのテーマに関する対話は今でも継続されていますが、それを機にお客様が直接触れる商品に関しても見直し、ダイバーシティ&インクルージョン(以下D&I)の観点から意図していないメッセージが伝わる可能性がある商品名の変更をしました」
化粧品業界は性別を意識する傾向にあるからこそ、そこにとらわれないものでありたいというメッセージを発信していこう、との思いもあったそう。
「お客様から、『言われなかったら見過ごしがちな視点だよね』というコメントを非常に多くいただきました。それを受けて改めて、そこに存在するものを“当然”と思わず、意識をもって触れることが大事だと身に染みましたし、D&Iは終わりのないトピックスだと感じています」
“自分らしくいられる場所”をつくることが、多様性社会を実現する一歩に
2021年2月には、日本独自のキャンペーンとしてLGBTに関する差別を禁止するLGBT平等法制定を求める署名への参加の呼びかけを行うなど、社会全体に対してもダイバーシティの重要性を発信しているLUSH。その活動のなかで、日本社会の変化を感じているという。
「日本社会は、より良い方向に変わってきていると感じます。2015年1月に、当社でパートナー登録制度を設けたことなどについて対外的に発表した時は、多くのメディアから『日本では早すぎる』という意見をいただきました。しかし、その翌月に渋谷区が日本初となるパートナーシップ証明の開始を発表したことで、世の中の流れが変わったんですよね。今ではむしろ、LGBTQ+に対するネガティブな発言を問題視する報道が出るようになって、社会が大きく動いていることを実感しています」
その一方で、向き合わなければいけない課題はまだまだ多い。LGBT平等法の制定や同性婚の実現もその一つだ。これらの課題を改善し、誰もが暮らしやすい社会を形成するため、LGBTQ+や多様性に関するキャンペーンはこれからも続いていくだろうとのこと。
「実際に、私たちのキャンペーンがお客様に届いていることを実感した出来事があります。家族や友人にカミングアウトできていない当事者の方が店に来て、スタッフにカミングアウトしてくださったんです。安心できる場所と感じていただけたのだと思います。このようにLUSHの店舗が皆さんにとってのセーフプレイスになれたことがうれしいですし、お客様にとってもスタッフにとっても、LUSHが“自分らしくいられる場所”であってほしいと思います。こういった環境に整えていくことが、“多様性を受け入れる社会”に近づく一歩になると信じています」
2021年にリニューアルされた渋谷駅前店には、多様性を表す6色の虹やLUSHの信念である“All are welcome, Always”が掲げられている。それだけで安心できる人はたくさんいるだろう。多くの人にとってのセーフプレイスが、街中に増えていくことを願う。