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トランスジェンダー女性の競技参加から浮かび上がる
スポーツにおける平等と公平性とは

2022.01.21 取材・文:梅中伸介(verb) トップイメージ:smartboy10
2021年夏。1年間の延期を経て、東京オリンピックが開催された。日本では開会式の演出をめぐるゴタゴタに話題が集中。大会がはじまると、今度は日本人選手の活躍にフォーカスが当たっていた。したがって、国内で大きく報道されることはなかったが、実はジェンダーにまつわる歴史的な出来事が起こっていた。性別適合手術を受けた女性になったトランスジェンダー女性選手が、オリンピック史上初めて参加したのだ。男性から女性に性別を変更した選手の競技参加に対しては、不公平だとする批判的な意見が根強い。そんな中で実現したトランスジェンダー女性の競技参加にはどんな意義があるのか? スポーツにおけるジェンダー問題を考える。

公平性の疑念を呼び起こした
トランスジェンダー女性の競技参加

東京オリンピックに参加したトランスジェンダー選手の名は、ローレル・ハバード。種目はウエイトリフティングだ。1978年にニュージーランドで生まれたハバードの出生時の名前は、ギャビン・ハバードであった。10代でウエイトリフティングをはじめると、めきめきと頭角を現し、ニュージーランドのジュニア記録を保持するほど活躍していたという。そして、2012年にハバードは自分の身体と心の性別の違和を解決することを決意。女性となったハバードは、名前をローレルに変えた。

写真:毎日新聞社/アフロ
写真:毎日新聞社/アフロ

一時は競技の一線から退いていた彼女だが、女性アスリートとして復帰。2017年にはオーストラリアのメルボルンで開催される国際大会への参加が認められ、見事優勝を果たすことになる。彼女の場合、トランスジェンダー女性選手であるということに加え、男性であった時期にもウエイトリフティングの選手であり、ジュニア記録を持つほど活躍をしていたことが、スポーツの公平性に対する疑念を呼び起こすことになった。

一般的に男性として第二次成長期を過ごした人は、骨密度や筋肉量の値が女性より高くなると考えられている。そのため、ハバードが女性アスリートとして参加すると、他の選手が不利になるという声があがったのだ。もちろん彼女の競技参加は規定に則したもので問題ない。今回の東京オリンピックへの参加も、国際オリンピック委員会が2015年に改定したガイドラインにある「血清中のテストステロン(男性ホルモンの一種)のレベルが一定値以下である」「宣言した性自認は4年間、変更できない」などといった、トランスジェンダー女性選手が自認する性別の種目に出場するための条件をクリアしていたため実現している。

スポーツをすることはすべての人の権利
差別なく、その機会が与えられなければならない

東京オリンピックでハバード選手の参加が認められた背景を、スポーツのジェンダー問題に詳しい中京大学スポーツ科学部の來田享子教授はこう解説する。

「オリンピックは他のスポーツ大会とは性格が異なります。基本原則を記したオリンピック憲章には、“スポーツをすることは人権の一つであり、すべての個人はいかなる種類の差別も受けることなく”、スポーツをする機会を与えられなければならないと規定されています。したがって、参加資格に沿っているのであれば、排除されることがあってはいけません。医学的な根拠には限界があり、トランスジェンダー選手が出場することに対して、選手や関係者から異論も出されています。ただ、だからといって、差別や偏見を助長するようなことがあってはいけないでしょう」(來田享子教授)

スポーツの社会的価値は高まり、単なるエンターテインメントではなく、公共性のあるイベントに変化している。マイノリティの権利を認め、多様性のある社会を求める時代だ。社会を写す鏡としてスポーツは機能しており、オリンピックにLGBTQ+の選手が増え、トランスジェンダー選手の参加を認めるのは、当然の流れなのだ。

「ジェンダーの平等が社会的にも叫ばれるようになっています。したがって、スポーツにおいても、同様の取り組みをすることになります。ただ、平等と公平性のバランスを保つことは、実はそんなに簡単ではありません。今回もトランスジェンダー選手が参加すると肉体的な優位性があるからズルいという声がありました。平等を徹底しようとすると、公平性が揺らぎかねないわけです。大半の競技では男女が分かれて競い合いますが、なぜ区別するかといえば、男性だけ、あるいは女性だけで競うことで身体能力の差が少なくなり、公平性が保たれると考えられてきたからです。トランスジェンダーの選手は女性ですから、女性として平等に参加を認める。すると、それは公平なのか? となるわけです。一方で、なぜ、男女で分けて競技するのか? そんなこれまでは当たり前に行ってきたことが、本当に正しいかったのか? という問いも出てきます」(來田享子教授)

スポーツにおいて平等と公平性のバランスを
取ることは簡単なことではない

確かに馬術などは男女の区別がない。また、バスケットボールやバレーボールは一般的には身長が高いほうが、優位に働く。これは公平と言えるのか? さらに、現在、ジェンダーの判定基準として採用されている、テストステロン値も万能ではない。先天的に平均より高いテストステロン値を持つ、キャスター・セメンヤ選手(南アフリカ)は、現在も競技への参加をめぐって、国際陸上競技連盟と対立している。身長差は許容されるのに、テストステロン値が高いと女性として参加できないのは、論理的ではない。

「身体や自分の性別に対する認識、あるいは性的指向が他の人と違うということで問題にされたり、誰もが自由に参加できるはずのスポーツの場で、その人が勇気を出さないと存在が認められないような状況はやはり変えないといけないでしょう。なぜなら、すべての人には、スポーツする権利があるからです。マイノリティと呼ばれる方々が、勇気を出して一歩を踏み出すことで、はじめて議論が進むのは健全ではありません。GID学会(性同一性障害学会)というトランスジェンダーを支援している医師に話を聞く機会があったのですが、“一刻も早くルールを作ってほしい”とおっしゃっていました。そうでなければ、性に関する、自分の状況を全部晒さないと競技に参加することができないわけです。ただ、日本には、誰かを差別したり、排除をしてはいけないという、当たり前のこと記した法的な枠組みがないのが現状です」(來田享子教授)

今回、ローレル・ハバード選手は成績が振るわず、メダルの獲得とはならなかったが、もし表彰台に登っていたら、より強い反発が起こっていたかもしれない。スポーツにおけるジェンダー平等に関する議論は、まだはじまったばかりだと言えるだろう。

取材協力

中京大学 大学院スポーツ科学研究科
中京大学スポーツ科学部 教授
來田享子
中京大学 大学院スポーツ科学研究科
中京大学スポーツ科学部 教授
來田享子
1963年生まれ。専門はオリンピック・ムーブメント史や、スポーツとジェンダー。日本スポーツとジェンダー学会会長や、東京2020オリンピック・パラリンピック大会組織委員会理事なども務めている。
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