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いまさら人には聞けないけど
「パワハラ防止法」ってどんな法律?

2022.03.08 取材・文:有竹亮介(verb)
2020年6月1日、大企業を対象に「改正労働施策総合推進法」が施行された。この法律は職場内でのパワーハラスメントを防止するための規定が盛り込まれたもので、通称「パワハラ防止法」と呼ばれている。そして、2022年4月からは中小企業も対象に加えられ、すべての会社がハラスメント防止の義務を負うことになる。
「パワハラ防止法」ではどのようなことが会社に義務付けられるのか、従業員にはどのような影響があるのか、社会保険労務士の咲良美登理さんに聞いた。

「パワハラ防止法」は会社の体制を整える法律

「『パワハラ防止法』は、パワハラそのものを禁止する法律ではないので、パワハラに対する罰則が定められたわけではありません。法律で義務付けているのは、会社がパワハラ防止のための措置を講じることです」

パワハラ防止法施行のきっかけには、日本の労働生産性の低さが関係しているそう。生産性を上げるために働き方改革が進み始めたが、その実行計画の一つとしてハラスメント防止も盛り込まれていたのだ。

また、都道府県労働局などに設置された総合労働相談コーナーに寄せられる相談のうち、「いじめ・嫌がらせに関するもの」は9年連続でもっとも多い相談内容となっており、令和2年度は年間7万9190件が寄せられた。上司からのパワハラや職場でのいじめ・嫌がらせ・暴行が原因の精神障害で労災認定が下りたケースも、令和2年度は170件にのぼっている。

社会保険労務士の咲良美登理さん。
社会保険労務士の咲良美登理さん。

「ハラスメントは職場の雰囲気を悪くするだけでなく、被害者がうつなどのメンタル不調になったり、休職や退職、最悪の場合は自殺に追い込まれたりする場合があります。パワハラが横行している会社は社員の主体性が失われ、仕事を進める上で必要なコミュニケーションも減り、生産性が落ちていきます。そのような会社を減らし、日本全体の生産性を上げるため、『パワハラ防止法』が実現したのです」

「パワハラ防止法」では、会社に対する義務として、以下の4点が挙げられている。

(1)事業主の方針の明確化及びその周知・啓発(行為者への厳正な対処を含むパワハラ防止に関する方針を社内規定に反映する、社内報などで周知するなど)
(2)相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備(ハラスメントに関する相談窓口の整備と周知、適切に対応するための仕組みづくりなど)
(3)事後の迅速かつ適切な対応(事実確認、被害者への配慮や行為者への措置、再発防止の取り組みなど)
(4)プライバシー保護の措置と相談や事実確認等への協力による不利益取り扱いの禁止

「2022年4月以降は、中小企業も従業員向けに相談窓口を設置しなければならなくなります。プライバシーの保護や不利益取り扱いの禁止もうたわれているので、従来より相談しやすい体制が整ってきたといえるでしょう」

明文化された「パワハラの定義」

「パワハラ防止法」では、パワハラの定義が明文化されたことも重要なポイントといえるだろう。

●パワハラの定義
(1)職場において行われる優越的な関係を背景とした言動
(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えている
(3)雇用する労働者の就業環境が害される

「三つの項目すべてに当てはまると、パワハラに認定されると考えましょう。『優越的な関係』とは、抵抗や拒絶ができない可能性が高い関係を指します。同じ部署の上司と部下など、片方が優位な関係にあると、抵抗や拒絶はしづらいですよね。『業務上必要かつ相当な範囲』は非常に難しい表現ですが、典型的な例としてはパワハラ6類型が挙げられます」

●パワハラ6類型
(1)身体的な攻撃(暴行・傷害)
(2)精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)
(3)人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
(4)過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)
(5)過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じること・仕事を与えないこと)
(6)個の侵害(私的事情に過度に立ち入ること・私的事情を他者に暴露すること)

パワハラ6類型はあくまでも典型例であり、これに当てはまらなければパワハラに認定されないというわけではない。ケースによって判断は異なるようだが、具体的な例も教えてもらった。

「特に気を付けるべき言動の例としては、『バカ』『給料泥棒』といった人格否定の言葉です。『いつでもクビにできるんだからな』といった解雇をにおわせる言葉もNG。言葉以外にも、職場内の一人だけに厳しくする、全員の前で吊るし上げる、長時間叱責するといったことや、新入社員に無茶なノルマを課して追い詰めたり、精神的に明らかに弱っている人を強く叱責したりと、その人の能力や精神状態、経験に合っていない対応をすることも、パワハラになる可能性があります」

ただし、パワハラを受けたと感じた人が被害を訴えたからといって、必ず認定されるわけではないという。

「例えば、工場の従業員のAさんが安全装置を起動させずに機械の内部に手を入れようとした際に、工場長のBさんがAさんの手を払いのけて『危ないだろ!』と声を荒げたとします。このBさんの言動は業務上必要な指示といえるため、Aさんが被害を訴えてもパワハラとは認定されないでしょう。同じ状況でBさんがAさんの頭を叩いたとしたら、それは『身体的な攻撃』に当たるため、パワハラになり得ます」

定義にもある『業務上必要』な範囲かどうかという点が、重要なポイントといえる。

「経営者や役職者から『パワハラと業務指示の境界線は?』と質問されることがありますが、境界線ギリギリを狙う必要はないですよね。本来、指示や注意をするときに、殴ったり怒鳴ったりすることはもちろん、脅したり追い詰めたりする必要はないんです。押さえつけるばかりでは、部下は能力を発揮できなくなってしまいますから。自部署を目標に向かって協力し合うチームと考え、どうやったらメンバー一人ひとりが主体的に仕事に関わっていけるかを考えれば、自ずとパワハラとは無縁になっていくと思います」

部下も「パワハラの行為者」になることがある?

咲良さん曰く、「パワハラは、上司世代の方だけが注意すればいい問題ではありません」とのこと。

「20~30代の方でも、上司や同僚に対しての言動がパワハラと見なされるケースがあります。例えば、リモートワークのためのシステムを部下はすんなり使用できるのに対し、上司はうまく扱えない場合、優越的な立場にいるのは部下といえます。この状態で、上司に対して『何回使い方を教えたらわかるんですか?』『もう何もしなくていいです』ときつく当たると、パワハラに認定されるかもしれません」

そのほかにも、長く一つの部署に在籍してきた部下と、他部署から異動してきたばかりの課長の間でのパワハラが考えられる。部下が、その部署での業務を把握していない課長を無視し、すべての業務において部長以上の人と直接やりとりをしてしまうと、「人間関係からの切り離し」や「過小な要求」となりかねない。

「会社で働いている以上、誰もがパワハラの行為者にも被害者にもなり得るのです。また、業務上必要かつ適正な範囲を超えない指示や注意、指導は、たとえ自分が不満を感じてもパワハラにならないので、なんでもかんでも『パワハラだ!』と受け取らない心構えも必要です。チームに課せられた目標に向けて、立場に関係なくみんなで協力する意識で日々の業務に当たれば、職場の生産性が上がり、自分の仕事もスムーズに進められるでしょう」

パワハラ被害を受けたら「相談窓口」へ

もし、パワハラ被害を受けていると感じたら、会社が設置している相談窓口に行くことが最初のステップ。「パワハラ防止法」も、そのために相談窓口の整備を義務付けている。

「法律でプライバシー保護や不利益な取り扱いの禁止はうたわれているものの、『本当に情報が漏れないか心配……』と感じる人もいると思います。でも、我慢しているだけでは状況は好転しません。会社の相談窓口に行くと、担当部署の方が今後の動き方を一緒に考えてくれるはずなので、相談窓口の活用も選択肢に入れていただきたいと思います」

万が一、会社の相談窓口がどうしても信頼できなかったり、真剣に取り合ってくれなかったりするのであれば、都道府県労働局に設置されている総合労働相談コーナーに相談するという手もある。誰かにSOSを発信し、今後の対応を考えていくことが状況を変える第一歩だ。

「同僚がパワハラで悩んでいる場合、まずはつらい気持ちに共感して、話を聞いてあげてください。心が少しは癒されるはずです。ただ、パワハラの難しいところは、個人の問題ではなく組織の問題ということ。いくらやさしく話を聞いてあげても、それだけでは根本的な解決にならず、本人のつらい状況も変わらないでしょう」

その上でできることは、会社に相談窓口があることを伝えることだという。

「もし、同僚が『一人で相談しにいくのは心配』と言っていたら、付き添ってあげましょう。相談窓口が難しければ、信頼できる上司でもいいでしょう。自分たちだけで抱え込まず、問題解決に向けて動くことのできる場につなぐサポートをしてあげてください。その行動の積み重ねが、職場からハラスメントをなくすことにつながります。皆さんの職場が心理的安全性のある、一人ひとりが幸せに働くことのできる場所になることを願っています」

取材協力

社会保険労務士
咲良 美登理
社会保険労務士
咲良 美登理
咲良美登理事務所代表。21世紀職業財団認定ハラスメント防止コンサルタント。中小企業を中心に、ハラスメント相談窓口サービスや窓口担当者養成講座の提供、事案解決サポートや人材育成研修など、ハラスメント対策を起点とした生産性向上のコンサルティングを行う。
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